歴史的な転換期を迎える半導体産業 「最後にして最大のチャンス」をつかむカギとは

3月31日に東京理科大学を定年退官。4月1日から熊本大学卓越教授、立命館大学客員教授に就任
1986年東京大学大学院工学系研究科修了。40年弱にわたり半導体業界を分析。現在、半導体・デジタル産業戦略検討会議メンバー、NEDO技術委員、JEITA半導体部会政策提言TF座長などを務めている。共著に『デジタル列島進化論』
半導体業界を読み解く4つの潮流
――半導体産業をめぐる最新の動向について、注目されていることは何でしょうか。
若林 とくに重要だと考えているポイントは4つあります。
1つ目は、生成AIのインパクトです。実にさまざまなコンテンツを生成できるAIの登場は、社会に大きな変革をもたらしつつあります。この生成AIを動かすためには、高性能な半導体が必要です。
2つ目は、複数のチップを組み合わせて、1つのチップのように機能させる技術(チップレット技術)の急速な進展です。私は、半導体のさらなる性能向上やコスト削減を可能にするチップレット技術に注目しており、実際にチップレット技術を活用した製品開発を進めている半導体メーカーも存在します。
3つ目は、データセンター向けの半導体需要が爆発的に伸びていることです。生成AIの普及、クラウドコンピューティングの拡大、ビッグデータ解析の高度化などによりデータセンターの役割がますます重要になっています。データセンターで使われる半導体は、高い処理能力、広帯域のメモリー、高速なデータ転送速度が求められます。しかも、データの遅延を避けるため利用地に近い場所や、リスクマネジメントの観点から国内に複数のデータセンターを新設しようという動きも見られます。既存のデータセンターもマシンをリプレースする頻度が高くなるでしょう。
4つ目は、米中関係をはじめとする地政学的リスクです。今や、半導体は安全保障にも関わる戦略物資となっています。米中間の技術覇権争いや緊張の高まりは、半導体のサプライチェーンに大きな影響を与えており、各国が半導体の自国内生産や安定供給に力を入れるようになっています。
最後で最大のチャンスをつかめるか
――地政学的リスクが高まる中、日本の地理的な位置は、半導体産業においてどのような意味を持つのでしょうか。
若林 日本の地理的位置は、例えば、データセンターの立地先として考えても、極めて重要です。いわゆる西側諸国は地政学的なリスクの高い地域へのデータセンター設置を避けたいと考えているでしょう。その点、日本はアジア地域の中にあり、データ安全性を担保できる国として、注目を集めています。実際、米国テック企業大手も、日本へのデータセンター投資を拡大していることはご承知のとおりです。また、先ほども触れましたが、将来的には日本各地にデータセンターを設置するような構想もあります。国内通信事業者もデータセンター建設を加速させており、こうした動きが大量の半導体需要を生み出しています。
――現在、日本の半導体産業にビジネスチャンスが到来していると考えてよいのでしょうか。
若林 今から2030年までが、半導体産業の競争力を強化する「最後で最大のチャンス」といえるでしょう。理由は、主に3つあります。
1つ目は、繰り返しになりますが米中対立のリスクが高まっていることです。西側諸国がサプライチェーン再構築を進めるうえで、日本が重要な役割を担うためにも猶予期間はそう長くはありません。
2つ目は、技術革新のタイミングです。生成AIの登場、5Gの普及、そして6Gに向けた技術開発など、通信技術やそれを支える半導体技術が大きく変わろうとしています。
3つ目は、経験豊富なエンジニアの存在です。現在、日本の半導体産業を支えてきたベテランエンジニアたちが、現役で活躍しており、実際に半導体工場の立ち上げに関与したといったノウハウはたいへん貴重です。しかし、その多くの方々が引退を迎える時期も迫っており、豊富な知識と経験を継承していかなくてはなりません。
これらの複合的な要因が重なっている今こそが、日本の半導体産業の今後の命運を左右する重要な時期なのです。
――現状、このチャンスを生かせているのでしょうか。
若林 2022年ごろから、日本の半導体産業は復活に向けて、政策の実装が進んでおり、チャンスを最大限生かせていると評価しています。まず、国産の半導体製造メーカーが新設され、北海道に半導体工場の建設が始まりました。
さらに、世界的な半導体受託製造企業が熊本に工場を建設したことも大きな出来事です。こうした動きは、日本の半導体サプライチェーンの強化に大きく貢献するでしょう。そして、政府による数兆円規模の予算措置です。半導体産業の競争力強化に必要な研究開発、設備投資、人材育成などさまざまな分野への資金投入は、日本の半導体産業の成長を後押しする強力な推進力となっています。
これらの日本の動きに対し、各国は驚きをもってその動向を注視しています。まさに、「最後で最大のチャンス」を逃すまいと、国を挙げての取り組みを加速させているといえるでしょう。
多様なニーズに応える「幕の内弁当」戦略とは
――今後、日本の半導体産業が、グローバルな競争で勝ち残っていくために、人材育成の重要性を指摘されています。
若林 半導体産業は、高度な知識と技術を持った人材なくしては成り立ちません。しかし、今の日本は、半導体分野を専攻する学生が減少し、優秀人材の海外流出という問題が起きています。業界団体も、この問題に危機感を抱いており、大学と連携して半導体教育の強化や、小中学生や女性に対して理系分野への興味を喚起する活動を積極的に行っています。
とくに、もともと技術力が高い日本のエンジニアにも、マーケティング的な視点が重要になってきます。これからの時代は、技術開発の初期段階から社会実装を視野に入れ、グローバル市場で競争可能なビジネスモデルを構築できるイノベーション人材を育成していかなくてはなりません。
――では、最後に半導体産業において、日本の強みを生かすためのヒントを教えてください。
若林 日本の半導体産業が目指すべきは、「幕の内弁当」のような戦略だと考えています。つまり、特定の種類の半導体だけでなく、多様なポートフォリオの組み合わせで、顧客のニーズに応じた適切なソリューションを提供できる能力を強化するのです。
幸いなことに日本には、長年にわたって半導体材料から装置まで多様な半導体技術を蓄積してきた土壌があります。少量多品種の製品ニーズの高まりに対して、日本は技術力と「おもてなし」の心で応える。それこそが、日本の半導体産業が成長していく1つの道ではないでしょうか。