「SAGAスポーツピラミッド構想」の大きな可能性 アスリート育成とスポーツ文化の裾野を広げる

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SAGAアリーナと九州クライミングベースSAGAのイメージ合成
左:ライトアップや映像などで多彩な演出ができる新時代のエンタメアリーナ「SAGAアリーナ」。スポーツ観戦しながら商談やパーティーに利用できる空間も備える ©SGBL
右上:日本トップレベルの競技施設「九州クライミングベースSAGA」
右下:SAGAアリーナで開催された「SSP杯 SAGA2023フェンシング エペ ジャパンランキングマッチ」
「佐賀=スポーツ」という新たな概念が定着するかもしれない。佐賀県が今、スポーツを起点にした地域づくりや人材育成に積極的に取り組み、環境整備を進めている。その核になるのが「SAGAスポーツピラミッド構想(以下、SSP構想)」だ。アスリートの育成を通じてスポーツ文化の裾野を広げるとともに、アスリートの人生に寄り添ったセカンドキャリア支援やスポーツビジネスの拡大にも取り組んでいるという。
SSP構想を立ち上げた山口祥義知事にその思いや取り組みを聞くとともに、スポーツビジネスや地域社会との連携についてスポーツジャーナリストの二宮清純氏、地元のプロバレーボールチーム・SAGA久光スプリングスの萱嶋章代表取締役にインタビューした。

誰もが楽しめるスポーツ文化を佐賀から

佐賀県知事 山口祥義氏
佐賀県知事
山口 祥義(やまぐち・よしのり)

2024年秋、佐賀県で「SAGA2024」(国民スポーツ大会・全国障害者スポーツ大会)が開かれた。国民体育大会から改称されて初の大会だった。

「スポーツは『する』だけではありません。『する、観る、支える』さらには『稼ぐ』があっていい。スポーツは『する』だけだと考えていたら体育から脱却できないし、ビジネスともつながりません」と佐賀県の山口祥義知事は語る。

その言葉どおり、SAGA2024では新たな取り組みが随所に見られた。選手団の入場は、これまでの整列行進ではなくパレード形式で自由。パフォーマンスに工夫を凝らした選手団もあり、観客の反応は上々だった。

競技の様子は全国配信(一部解説・実況付き)され、全障スポの配信も初めて行われた。ナイトゲームではアルコールも提供され、仕事帰りの人たちでにぎわったという。

SAGA2024のイメージ
SAGA2024では、選手も観客も楽しめる自由で楽しさあふれる入場スタイルに

「ナイトゲームにしたことで、観客は地元ではないチームの試合でも、家族や友達とビールを飲みながら楽しんで観ていました。何より選手も大勢の観客の前で試合ができ、喜んでいました。

みんなが感動を共有するスポーツの場にして、そこへビジネスが少しでも入ると、ガラッとスポーツの中身が変わってくる。単に大会をスムーズに運営するだけではなく、見せ方や楽しみ方の提供も大切だということをSAGA2024では示すことができたと思います」

SAGAサンライズパーク
左の建物がSAGAアリーナ、右はSAGAアクア(水泳場)。手前はSAGAスタジアム(陸上競技場)。一帯がSAGAサンライズパークとして整備されており、新たな価値を創造するエリアでもある

名称が変わった節目の第1回大会を成功させるとともに、「スポーツはもっと自由に楽しんでいい」という考え方を伝えた意義は大きい。だが山口知事は「SAGA2024は跳躍点。『SSP構想』はさらに飛躍していく」と語る。

SSP構想とは、山口氏が知事就任前から考えていたものをベースに、18年に佐賀県でスタート。世界に挑戦する佐賀ゆかりのトップアスリートの育成を通じて、スポーツ文化(「する」「育てる」「観る」「支える」「稼ぐ」)の裾野を拡大し、さらなるアスリートの育成につながる好循環を確立することで、スポーツの力を生かした人づくり、地域づくりを進めるプロジェクトだ。

アスリートが「スポーツで食べていける」社会へ

SSP構想では具体的な目標を掲げ、取り組みを進めている。

中期目標(〜31年度)では、毎年度全国制覇する中高生選手・チームが40人(チーム)以上、SSP構想に企業・団体が常時150以上参加することなどを掲げている。

施策も積極的に実施している。日本トップレベルの競技施設や中高生アスリート寮の整備、女性アスリートの健康を守るための専門外来の新設など練習環境の充実に加え、アスリート・指導者の県内就職支援、競技引退後のセカンドキャリア支援など、アスリートの人生にコミットした施策を展開している。

女性アスリートの専門外来と高校生アスリート寮
左:女性アスリートの健康を守る専門外来
右:高校生アスリートの育成を支援する寮の外観

注目すべきはさらにその先の長期目標だ。「残念ながら、日本では多くのアスリートがなかなか食べていくことができません。とくに現役引退後は就職がままならないことも少なくない。アスリートの人生に寄り添い、引退後もさまざまなステージで活躍できる環境をつくりたいと考えています。スポーツビジネスでの活躍もその一つです」と山口知事は語る。

23年5月に開業した「SAGAアリーナ」は男子プロバスケットボールB1リーグの佐賀バルーナーズ、バレーボールSVリーグ女子のSAGA久光スプリングスがホームアリーナとしている。

県内には、サッカーJリーグのサガン鳥栖もあり、佐賀にはプロチームの存在を生かしたビジネスチャンスも潜在している。佐賀県はこうしたスポーツ資源と企業のマッチングを図り、新たなスポーツビジネスの創出を県として進めている。

SAGAアリーナでスポーツ観戦しながらの商談イメージ
SAGAアリーナでのスポーツ観戦しながらの商談

「『スポーツを使って稼いでいいんですよ、むしろ稼いでください』と県庁から企業にしっかりメッセージを出しています。筋書きのないドラマであるスポーツは感動と共感の宝庫だから、ビジネスと相性がいい。SAGAアリーナのホスピタリティフロアは企業の商談の場。県内企業がスポーツビジネスに参入するための支援もします。

官民一体となり、スポーツを生かしたビジネスシーンが広がる佐賀にしたい。そのためにも、このSSP構想に賛同する企業にぜひ参加してもらいたい、一緒に進めていきたい」と山口知事は力を込める。佐賀がスポーツの“聖地”になる可能性に、大いに期待したい。

佐賀県知事 山口祥義氏

二宮清純氏が語る、「日本でスポーツビジネスが花開く」ために必要なこと

スポーツジャーナリストの二宮清純氏は、日本ではスポーツを「産業」として捉える考えが定着しておらず、世界と比べてスポーツビジネスの発展が後れていると指摘する。課題解決のためにはどのような取り組みが必要なのか。
スポーツコミュニケーションズ代表取締役 二宮清純氏
スポーツコミュニケーションズ
代表取締役
二宮 清純(にのみや・せいじゅん)

欧州では多くの街にプロフットボールクラブがあり、地域住民にとって、なくてはならない存在になっています。スタジアムの周辺にはホテル、ショッピングモール、飲食店などが並び、チケット販売などクラブ自身の収益のみならず、さまざまなビジネスを生み出しています。

一方、日本ではこれまで長く「スポーツで稼ぐなんてけしからん」といわれてきました。スポーツの指導者も手弁当で活動するのが日常的でしたが、持続可能ではありません。かつて数多くあった実業団チームは、企業の業績が悪化すると廃部が続出しました。

私はスポンサー企業とパートナー企業は違うと考えています。お金に余裕があるときだけ出資をするのではなく、苦楽を共にしてビジネスを生み出し、育てていく。これこそがパートナーです。

また、ハードだけでなくスポーツの普及や人材育成などソフトでの取り組みも重要。SSP構想はスポーツ文化の裾野を広げることを目的としています。裾野の拡大がなければトップアスリートも多く生まれませんので、「普及」は最も大切だといえます。

アスリートとして活躍しても、日本では残念ながら現役を引退すると競技から離れてしまう人が多い。指導者やチーム運営などセカンドキャリアの道を広げていくことが不可欠でしょう。日本ではスポーツを「する」「観る」「育てる」などの役割が固定化しがちですが、流動化させることでスポーツとの関わり方がより豊かになるのではないでしょうか。

人々の健康増進や地域の絆を育むことにつながるスポーツは、産業である前に「公共財」だと私は考えています。したがって、スポーツビジネスを発展させるには、地域の行政、企業、住民が一体となって、スポーツを通じて地域を盛り上げていこうという機運の醸成がなくては始まりません。

こうした意味では、官民一体でスポーツの力を生かした地域づくりを進めるSSP構想には大きな期待を寄せています。時間はかかるかもしれませんが、全国の先進的なモデルになり、いずれは国全体でスポーツを中心としたまちづくりがさかんになることを願っています。

地域社会に愛されるチームを目指して「佐賀から世界へ」挑戦するSAGA久光スプリングスの思い

バレーボールSVリーグ女子のSAGA久光スプリングス(旧・久光スプリングス)は、Vプレミアリーグや天皇杯・皇后杯で何度も優勝しているほか、世界クラブ選手権などの国際大会にも出場してきた強豪だ。2023年から、練習拠点を兵庫県神戸市からチームの原点でもある佐賀県鳥栖市に移した。地域社会への貢献も大切にしている同社の取り組みを、萱嶋章代表取締役に聞いた。

——国内バレーボールの「SVリーグ」が2024年10月に発足し、それに先駆け、練習拠点を佐賀県鳥栖市に移しました。

SAGA久光スプリングス代表取締役 萱嶋章氏
SAGA久光スプリングス
代表取締役
萱嶋 章(かやしま・あきら)

萱嶋 旧・久光スプリングスは、1948年に久光製薬鳥栖工場のバレーボール部として創立しました。その後、神戸市を本拠地とするクラブと統合し、同市に練習拠点を置いていましたが、SVリーグの門出に当たり、新たなスタートとして発祥の地でもある“鳥栖市”に拠点を移しました。

また、2023年5月にSAGAアリーナ、同年7月にサロンパスアリーナが整備されたことで、ホームアリーナとトレーニングアリーナをそれぞれ同地に変更。併せて、クラブも「SAGA久光スプリングス」に改名しました。地域に根付き、愛されるチームになればという思いを込めています。

——強豪チームとしての活躍が目覚ましいですが、どのようなビジョンを掲げていますか。

萱嶋 23年のかごしま国体、24年のSAGA2024のバレーボール成年女子の部において、SAGA久光スプリングスは佐賀県代表として出場し、連覇を果たすことができました。私たちが目指すのは世界です。「佐賀から世界へ」という理念も掲げています。世界基準の練習拠点を整備し、海外のナショナルチームやクラブチームを招聘した強化試合も開催しました。私たちはつねに“世界”を意識しています。

SAGAアリーナでのホームゲームの様子
24年11月にSAGAアリーナで行われたホームゲームの様子

——SSP構想ではスポーツ文化の裾野を広げることを掲げています。SAGA久光スプリングスも地域社会でスポーツに親しんでもらう活動をされていますね。

萱嶋 裾野を広げることは、子どもたちの健康や体力づくりにつながるだけでなく、チームで何かに取り組むことを経験する大切な施策だと考えています。選手たちも地域の学校での出張授業やバレーボール教室などを行い、積極的に活動しています。また、私たちは地元企業を中心に約200社とパートナーシップを組んでいるほか、県内の自治体とも連携してスポーツ振興に取り組んでいます。

サロンパスアリーナのサブアリーナでの「ブルークリスマス」
23年12月にサロンパスアリーナのサブアリーナで実施した「ブルークリスマス」。同アリーナは「コミュニティーの場」として運動会や市民講座、コンサートなどのイベントで地域住民に広く利用されている

——引退後を含め、選手を支える活動にも力を入れていると聞きました。

萱嶋 OGのキャリアプランはとても大事。当社では、引退後にスポーツイベントなどで活躍するタレントの育成も手がけています。結婚、出産などで引退する選手にもチーム運営のスタッフに入ってもらうなどの選択肢を提示できればと思っています。

——SAGA久光スプリングスのこれからの展望やメッセージをお聞かせください。

萱嶋 「佐賀から世界へ」を目指していい試合をし、夢と感動を与えることはもちろんですが、スポーツチームは社会貢献をしてこそ意義があると考えています。地域の方に応援してもらえるよう、学校や地元の企業との連携を増やしていきたいですね。企業の皆さんにもSAGA久光スプリングスの活動を応援していただけるとうれしいです。

SSP構想について詳しくはこちら