食料安全保障で「日本の未来の食卓」を守る・後編 大規模な有機農業に見る国内農業の持続可能性
収益性の高い農業で地域経済に貢献する
山本 中森さんが経営の大規模化を進めるに当たって重要視されていることはありますか。
中森 どの程度の農地を集約すべきかということに加えて、どのような人材を採用し、どれだけの時間をかけて教育すべきかを考え、戦略的に採用を進めることが大事でしょう。その中でとくに注目しているのは、全国の担い手不足や事業承継ができない農業法人や営農組合と連携することです。若い人材が不足している場合、私たちが教育した若い農業者を派遣し、一緒に収益性の高い農業をつくり上げる体制の構築に向けて動き始めているところです。将来的には耕地面積10万ヘクタールを達成し、国内食用米のシェア約10~20%を目指したいと考えています。
私は、地方が唯一都市部に勝てる経営資源は農地だと考えています。地方で収益性の高い農業を行うことで人口の分散を図り、都市部の生活コストを下げることができます。その結果、可処分所得が上がり、地方で儲かる農業を行う人々の所得も上がります。これにより、日本全体の所得向上にもつながるはずです。
平野 食料安全保障に対する日本人の問題意識はさほど高くないとされていますが、それはこれまで“豊かな食卓”が担保されてきたからかもしれません。しかし、今後、国内生産力が衰退を続ける可能性も、食料を十分に輸入できなくなるリスクもあります。私たちは「自分たちはこの先、どのような食卓をつくりたいか」「私たちの子孫にどんな食卓を残したいか」という“食卓”の観点で、何が重要なのか議論をしていくことが必要です。
私たちMRIは日本の食と農に関するさまざまな研究成果を基に、2050年の日本において豊かな食卓を実現するためにはどうすべきなのかを官公庁や農業者、関係する業界の民間企業と連携しながら議論を深め、実践につなげていきます。
採算性と持続可能性を両立する日本農業の未来
山本 中森さんは、これからどのようなことに挑戦されようとしているのでしょうか。
中森 経営的に採算が取れる農業を全国に広げることです。そのために必要なビジネスモデルを仮説検証してきましたが、ある程度検証が終わり、採算が取れると確信できる手法がわかってきたと思います。それは有機農業の拡大です。
一般に、大規模農家は効率最優先で肥料・農薬を大量に使用するイメージが強いですが、私たちは有機農業に注力し、その規模をさらに拡大しています。その理由は、有機製品は高単価・高収益であることと、これから有機製品の需要が拡大すると見込んでいるからです。国内の有機市場はまだ小さいですが、世界市場は急速に拡大しています。この潮流に乗ることは、日本の農業が世界の穀物生産競争で生き残るための有効な打ち手の1つです。日本では高価とされる有機製品も、世界から見れば安価です。われわれの有機農業の拡大戦略は、国内需要が小さくなっていく中で、世界に作物を輸出するという政府の方針とも一致しています。
山本 中森さんがおっしゃるとおり、有機は単に農業の持続可能性を高めるだけでなく、経済的にも有利な選択となりえます。消費者の持続可能性に対する意識の高まりにより、有機シフトのトレンドはますます強まることが予想されるので、さらなる普及と技術革新を目指すべきだと考えます。
中森 今、世界で起きていることは有機製品の標準化です。世界では有機農産物の生産量が向上しており、日本の有機需要に対して、海外の製品が供給される状況が顕著になりつつあります。当社の有機栽培米はBtoBの販売を基本としていますが、今後は環境負荷や持続可能性、気候変動に対する意識が高い世代の消費者が増えることで、BtoCの需要も伸びていくと考えています。
山本 私も同じ考えで、日本の有機製品は増えていますが、やはり海外のほうが先を行っていると思います。例えば、フランスでは環境負荷に関する表示をスコア化し、すべての製品にその情報を表示しています。また有機製品の認証やプライベートブランドでの明記なども進んでいて、その割合は増加しています。
日本のプレーヤーも海外の動きを見て、同様の取り組みを始めています。大手スーパーは自社のオリジナルブランドを持っており、環境負荷削減に配慮した調達を強調して差別化戦略として進めています。
消費者にとっては、食材の価格高騰が直近の関心事となっています。多くの人は経済的に余裕がない状況にあり、環境負荷に配慮した製品を選ぶ余裕がない場合もあります。しかし、生活者調査によると、若い世代ほど環境負荷に配慮された製品を選ぶ意向が高いことがわかっていて、世代交代に伴い、この意向がスタンダードになる可能性があります。その結果、今後は環境負荷軽減に対する取り組みが、企業の競争優位性の観点からもより効果的になるでしょう。そのためには、大手量販店が有機製品を棚に置き続けることが不可欠です。これが重要なポイントであり、消費者の意識と行動を変える起点になるでしょう。
中森 国の政策や、民間の動きとしても、農業分野においても、環境対応・サステナビリティ対応は重要度が増しているんですよね。
山本 そうです。2024年に改正された食料・農業・農村基本法では食料安全保障が柱として掲げられましたが、持続可能性も新たな柱として浮上しています。この動きは、長期的な視点から日本の農業を支えるために不可欠です。民間ベースでは、企業が世界的に脱炭素を進める中で、今年はとくに森林や土地利用、農業系の環境負荷削減に重点が置かれています。これにより、工場のCO2排出削減と同様に、メタンや窒素の削減も求められています。この取り組みが広がることで、2024年は将来振り返ったときに、農業における環境負荷対応が特別なことではなく、普通のこととして定着する転換点になるかもしれません。ヨーロッパではすでに進んでいるこの動きが、日本でも加速することを期待しています。
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※この座談会は、『フロネシス25号 その知と歩もう。』(東洋経済新報社刊)に収録したものを再構成したものです。