食料安全保障で「日本の未来の食卓」を守る・前編 農業生産力を大規模化・人材育成・DXで高める

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写真右から中森剛志氏(中森農産 代表取締役) 山本奈々絵氏(三菱総合研究所 ビジネスコンサルティング本部 産業戦略コンサルティンググループ 兼 政策・経済センター)平野勝也氏(三菱総合研究所 人材・キャリア事業本部 政策・戦略グループ 兼 政策・経済センター)武川翼氏(三菱総合研究所 ビジネスコンサルティング本部 産業戦略コンサルティンググループ 兼 政策・経済センター)
写真右から
中森剛志氏(中森農産 代表取締役)
山本奈々絵氏(三菱総合研究所 ビジネスコンサルティング本部 産業戦略コンサルティンググループ 兼 政策・経済センター)
平野勝也氏(三菱総合研究所 人材・キャリア事業本部 政策・戦略グループ 兼 政策・経済センター)
武川翼氏(三菱総合研究所 ビジネスコンサルティング本部 産業戦略コンサルティンググループ 兼 政策・経済センター)
日本の食料自給率の低さが嘆かれて久しい。安定的で豊かな食生活を守り続けるには、どうすればいいのか。食料安全保障への危機感から、非農家出身ながら農業法人を立ち上げた中森農産の中森剛志氏は、300ヘクタールのメガファーム経営を通じて「農業がもたらす価値を最大化し、人々の食を守り抜く」という企業理念の実現を目指している。そんな中森氏と、三菱総合研究所(MRI)の研究員3名が、日本の農業の現状と未来について語り合った。

食料自給率低下の危機と国内生産力の重要性

平野 まずは食料安全保障に関するMRIの分析結果のご紹介から始めたいと思います。2020年時点で国内の耕地面積は420万ヘクタール、農林作物の生産や作業を担う農業経営体数は107万、農業産出額は8.9兆円です。これらが現状のまま推移する場合、2050年には耕地面積が270万ヘクタール、農業経営体数は18万、農業産出額は4.5兆円まで低下する見込みです。

現在、食料安全保障が議論される際には、食料自給率が重要な指標とされることが多いです。しかしMRIでは、耕地面積・農業経営体数・農業産出額をはじめとした国内の「農業生産力」こそが真に重要な指標であると考えています。これを維持・向上させるためには、農地集積の促進、農業従事者の育成、農業DXの推進などが必要です。

MRIでは、食料安全保障のリスクに備えるには、どの程度の食料自給力が必要か推計を行いました。気候変動などの影響で短期的に海外からの輸入が困難になる事態を考慮すると、現状の国民1人当たりの農業生産を2050年に維持するためには350万ヘクタールの耕地面積が必要だと推計しています。

中森 とても興味深い分析ですね。食料安全保障は生産や貿易などさまざまな要素で成り立っているので、現状を定量的に可視化し、今後を予測することは必要だと思います。

山本 中森さんは農業法人を経営されている中で、食の安全保障に関してどのようなことを感じていらっしゃいますか。

中森農産 代表取締役中森 剛志(なかもり・つよし)
中森農産 代表取締役
中森 剛志(なかもり・つよし)
1988年生まれ。世界の食糧問題への貢献を目指し東京農業大学に進学、在学中に日本の食料安全保障に危機感を抱き、学生起業。25歳のときに移住就農、2017年に中森農産を設立。埼玉県加須市を中心に水稲など作付面積300ヘクタールのメガファームを経営。「農業がもたらす価値を最大化し、人々の食を守り抜く」「日本農業の生産能力を高め、未来永劫継承する」を企業理念に掲げる。

中森 世界で起きている食料危機が日本に及ぼす影響を心配しています。日本のGDPの低下が加速する時期と、食料の需給ギャップが最大化する時期が重なると、日本でも食料不安が広がると思います。国内の農業の重要性を再認識し、早急に対策を講じる必要があると強く思いますね。

平野 私たちも中森さんと同じ課題意識で研究に取り組んでいます。1990年代以降のグローバル化の波の中で、国内の農業生産力の弱体化が進みました。2010年代以降は、経営体の大規模化が一定成功し、農業産出額はおおむね維持されています。では、はたしてこれからの農業生産力は食料安全保障上、十分な水準といえるのか、改めて検証が必要だと考えています。2020年代に入り、コロナ禍のサプライチェーンの混乱やロシアによるウクライナ侵攻により、食料安全保障について真剣に考え直そうとする動きが活発になっています。

三菱総合研究所 人材・キャリア事業本部 政策・戦略グループ 兼 政策・経済センター 平野 勝也(ひらの・かつや)
三菱総合研究所 人材・キャリア事業本部 政策・戦略グループ 兼 政策・経済センター
平野 勝也(ひらの・かつや)
京都大学大学院経済学研究科経済学修士修了後、三菱総合研究所入社。人材マネジメントに関する民間企業支援、政策立案支援などに従事しながら、食料安全保障や国内農業生産に関する調査、政策提言に参画。

中森 となると、やはり国内の農業生産力を強化しなければなりませんね。もし何も手を打たない場合、どのようなことが起こると予想されていますか。

武川 先ほど国内の耕地面積が、2020年の約420万ヘクタールから2050年には成り行きで270万ヘクタールまで減少するという予測をお話ししました。率でいうと36%減るのですが、最も減るのは米の耕地面積で、30年間で約3分の1まで急減すると予想しています。これは、米農家の高齢化による退出に、中規模・大規模農家の規模拡大が追いつかないのが原因です。

食料安全保障を強化するための3つの方策

中森 日本の食料安全保障を強化するためには、どのようなことを進める必要があるとお考えですか。

平野 3つの方策があると考えています。まず、経営耕地集積に向けた法制度の見直しです。2010年代には離農する農家の農地が集積されて大規模農家が増加しましたが、現在は条件のよい土地はすでに集積され、残っているのは条件の悪い土地ばかりという地域の声を聞きます。地域での話し合いにより目指すべき将来の農地利用の姿を明確化する「地域計画」づくりが自治体主導で行われていますが、人手不足や高齢化の影響で、なかなか耕地集積まで踏み込めないという現状があります。この問題を解決するためにさらなる制度整備を進めたり、地域計画の立案・実行のための行政機構を強化したりといったことが必要です。

次に、農業経営者の育成と支援です。家業として農業を続ける方々は多いものの、今後、規模拡大が進んだ農家は、家族経営の意識で営農していくには限界があります。従業員の雇用、労務管理、販路の獲得などが必要であり、これに対する教育や研修の制度を充実させる余地があります。研修プログラムの提供など、高度な経営を実現し、農業「経営者」を育てることが求められます。

最後に、農業の生産性向上のための技術革新とDXの推進も重要です。新しい農業技術や機械の導入、農業データの収集・解析を通じて生産性を向上させることが引き続き求められます。現場の農家がこれらの技術を取り入れやすい環境整備と支援も重要です。

とくに、日本ではデータが不足していて、紙ベースの作業が多く見られます。

武川 私は、とくに農業の大規模化を見据えたデジタル化が急務だと考えています。これまで農業経営体の耕地面積は全国平均で3.4ヘクタールです。この規模ですとデジタル技術を活用した効率化はさほど必要ではありませんでした。しかし現在、国は100ヘクタールから200ヘクタールの耕地面積を担える農業経営者を育成しようとしています。そうなるとアナログな管理は難しく、デジタル技術を活用した効率的な管理が必要になります。裏を返せば、デジタル技術の利活用なしで、農業の大規模化は難しいわけですが、対策はまだ十分ではありません。

三菱総合研究所 ビジネスコンサルティング本部 産業戦略コンサルティンググループ 兼 政策・経済センター 武川 翼(たけかわ・つばさ)
三菱総合研究所 ビジネスコンサルティング本部 産業戦略コンサルティンググループ 兼 政策・経済センター
武川 翼(たけかわ・つばさ)
京都大学大学院農学研究科生物資源経済学専攻修士修了後、三菱総合研究所入社。農業・食農関連を中心とした民間企業の事業戦略支援などに従事しながら、国内農業生産に関するデータ分析、政策提言に参画。

平野 政策的な観点でも、データ整備は重要です。海外の事例を見ると、スイスではAgateという農業のデジタルデータ基盤が整備されています。これによって補助金の申請や支払いが簡素化されるほか、農業の基盤データを蓄積することで戦略的な政策立案が容易になります。

中森 スイスは憲法の中で食料安全保障が掲げられているのですよね。

平野 そうです。将来的には、各都道府県が食料安全保障の観点から耕地面積や作付け目標を定め、インフラの整備計画を具体化する、そんな仕組みをつくるうえでも、Agateのような農業基盤データの整備が不可欠です。

中森 MRIさんの提言は、まさに私が考えていることそのものです。私は農業の大規模化の最適解を探るため、自分自身が農業従事者になり、現在は約300ヘクタールの農地を経営しています。現場の課題を解決することでブレークスルーを行い、それを政策に反映してもらうことに取り組んでいます。国は地域計画を通じて農地の再配分や集積・集約を推進していますが、制度は整っているものの、実際の現場運用では集積協力金が有効活用されないケースや、予算配分が乏しいために正規行政職員の配置が不足しているなどの課題があります。デジタル化の観点では、例えば、中森農産は埼玉県加須市内に約1200枚ある圃場それぞれについて、紙で書類を手書きして提出することが求められていました。自治体と交渉し、最近ようやく表計算ソフトでの提出が認められるようになりました。現場での制度運用における課題を政策にフィードバックし、マイナーチェンジを続けることが重要だと感じています。(後編に続く)

●関連ページ

【提言】食料安全保障の長期ビジョン 2050年・日本の農業が目指すべき状態(2024年7月31日)

【提言】食農分野の環境負荷低減 対策の価値を還元する仕組みを(2024年7月31日)

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>>後編はこちら

※この座談会は、『フロネシス25号 その知と歩もう。』(東洋経済新報社刊)に収録したものを再構成したものです。