成長を目指す日本企業に求められる「思考の転換」 日本と欧米企業の成長に差をつけた「違い」とは

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京都先端科学大学教授の名和高司氏とSAPジャパン代表取締役社長の鈴木洋史氏
日経平均株価が過去最高値を更新し、「失われた30年」脱却の兆しが見えつつある。新しい時代の中でさらなる成長を目指すためには「思考の転換」が必要だが、その際に心強い味方になるのがテクノロジーだ。日本企業はAIをはじめとした最新テクノロジーとどのように向き合えばいいのか。京都先端科学大学教授・一橋ビジネススクール客員教授の名和高司氏とSAPジャパン代表取締役社長の鈴木洋史氏に、変革に必要な思考について語り合ってもらった。

日本と欧米の成長に差をつけた「たくみ」と「しくみ」の違い

―― 日経平均株価が34年ぶりに史上最高値を更新しました。日本企業が置かれた状況をどのように見ていますか。

京都先端科学大学教授の名和高司氏
京都先端科学大学 教授
一橋ビジネススクール客員教授
名和高司
東京大学法学部卒、ハーバード・ビジネススクールにてMBA取得。商社、コンサルティングファームを経て2010年6月、一橋大学大学院国際企業戦略研究科(現:一橋ビジネススクール国際企業戦略専攻)教授に就任し、現在は客員教授。22年4月から京都先端科学大学ビジネススクール教授を兼任

名和 円安に株高、インフレと、これまでと正反対のいい風が吹いていることは確かです。ただ、株価が上がっているといっても、半導体関連を中心に好調な企業がある一方、今の好調さは追い風参考記録にすぎず、基本的に以前と変わらずに緩慢な衰退を続けている企業もあります。変わっていない企業は、今の追い風がやむと厳しくなるでしょう。

鈴木 日本は株価をようやく元に戻したところですが、米国やドイツはその間に10〜14倍になりました。GDPも、日本は30年で1.2倍ですが、他国は2~3倍に。日本経済は長く暗いトンネルから抜け出しつつありますが、その間に海外はもっと成長しています。国内の企業、とくに圧倒的多数を占める中堅・中小企業が継続して成長できるかどうかは、じっくり見ていく必要があります。

名和 欧米企業は、先に未来を見据えて、そこからバックキャストする演繹型の思考が得意です。一方、日本企業は現場・現物・現実の三現主義で、足元から今の延長線上で帰納的に思考する傾向が強い。演繹型の思考は、創造的破壊で次々に新陳代謝をすることをいといません。

それに対して帰納型は今のものを持続させながら進化を目指すので、安定的で確かであるものの、進化に時間がかかります。この思考法の違いは、瞬間で見ると圧倒的な差を生み出します。欧米と日本の成長に差がついた原因の1つは、ここにあります。

鈴木 システムの現場でも、日本と欧米のスピードやアジリティーの差を感じます。SAPはERP(統合業務システム)を中心としたソフトウェアをクラウドでご提供していますが、欧米のお客様は自分たちのやり方やこだわりを捨てて、理想のテクノロジーに自らの体を合わせていくので、導入にかかる期間が非常に短い。一方、日本のお客様は自分たちの仕事にツールを合わせていくので2~3倍の時間を要します。

名和 「たくみ(匠)」と「しくみ(仕組み)」の違いですね。日本企業は匠が得意ですが、人の創意工夫に頼りすぎていて、誰でも使える仕組みになかなか落とし込めない。

鈴木 タクシーに例えると、通常15分かかるルートを、経験と知識を駆使して12分で行けるベテラン運転手がいるのが日本企業です。ただ、その知見が属人的で、匠ではない運転手に当たると20分かかってしまうことがある。

SAPジャパン代表取締役社長の鈴木洋史氏
SAPジャパン 代表取締役社長
鈴木洋史
1990年、外資大手IT企業に入社し、主に小売業・製造業向けソリューションの企画・販売・マーケティングを担当。以降、複数のIT企業で統括・マネジメント職を務め、2015年1月にSAPジャパンへバイスプレジデント・コンシューマー産業統括本部長として入社。業務執行役員インダストリー事業担当を経て、20年4月より現職

それに対して運転手全員がカーナビを見て(デジタル技術を活用して)確実に15分で到着する仕組みをつくっているのが欧米企業。全体を管理する仕組みがあると、今どの車がどこを走っているかを把握して、「あの車は何分後にA地点に行くから、近くのB地点で予約を取っておこう」といった展開もできます。日本企業は部分的な最適化は得意なのですが、全体最適の視点が弱く、そこで欧米企業に負けている気がします。

名和 匠と仕組みは必ずしも対立するものではありません。例えば匠を深めるとしても、まず標準化した仕組みに体を合わせて、そのうえで匠の世界を築いていけば面白いものが効率的にできる可能性があります。茶道などでいう「守・破・離」であり、本来は日本が得意としていた考え方です。

また、標準化された仕組みを単に入れるだけでなく、「匠を仕組みにする」視点が大切です。仕組みはそのままだと陳腐化するので、匠がどんどん先に行って、磨いたものを因数分解してまた仕組みに同期させていく。それができるようになれば仕組みも進化します。
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AIは日本企業にとって宝の山になる

京都先端科学大学教授の名和高司氏

――日本と海外の企業では、テクロノジーとの向き合い方も異なります。

鈴木 現在、企業にとって関心の高いテーマの1つがサステナビリティーです。財務指標だけでなく非財務指標の可視化が世界的な潮流になっていて、例えば自社の製造や物流の過程で排出されるCO2量の管理に多くの企業が取り組んでいます。

ただ、日本は大企業でも、スタッフの皆さんが関係部署から手作業でデータを集めてレポートを作成しているケースが少なくないのですが、ここはもっとデジタルを活用して仕組み化することが可能です。ほかに近年注目が集まっている人的資本経営などでも、デジタルの活用はまだまだだと感じます。

名和 DXはX、つまりトランスフォーメーションが大事です。ところが日本企業はDのデジタルに意識を取られがちです。何を変えるのかというところに思いが至れば、デジタルをもっとうまく使えるようになるでしょう。大切なのは、一部にデジタルを入れて満足するのではなく、デジタルを基軸にして事業あるいは業界を組み直すという発想を持てるかどうか。日本でそれができている企業はまだ少ないですが、裏を返せば、伸びしろは大きい。

鈴木 AIがそうですね。生成AIはインターネット登場時以上に大きなインパクトを持つデジタル革命ですが、現状では部分的な導入にとどまっている企業がほとんどです。一方、欧米の先進的な企業はビジネスのエンド・トゥ・エンドでAIを利用しています。SAPは現在ERPの一本足から領域を広げているところですが、これからはすべての製品・サービスにAIを組み込み、私たち自身のビジネスを変革しようとしています。

名和 AIは日本企業にとって宝の山です。フィジカルな現場にあるデータをセンサーで収集し、サイバー上で処理して分析したものをフィジカルに戻して精緻化していく仕組みをCPS(サイバー・フィジカル・システム)と言います。日本企業はフィジカルの世界を押さえているので、うまくAIを組み合わせれば、もともと得意なフィジカルな領域をさらに高度化できるでしょう。

デジタルを触媒として「変態」を目指せ

SAPジャパン代表取締役社長の鈴木洋史氏

――変革を目指す日本企業には、どのような思考が必要でしょうか。

名和 時間軸と空間軸それぞれに思考の転換が求められます。時間軸では、まず未来を見て目指すところを考えたうえで、日本がもともと得意としている足元から現実を積み上げる帰納的な思考を組み合わせる「遠近複眼経営」が大切です。

空間軸では、同質的な仲間とすり合わせるだけではもったいない。日本はもともと異質なものを取り込んで自分流に編集していくことが得意です。生態系を広く捉えて異質なものをインクルージョンしていけば、もっとイノベーションを起こせるでしょう。

鈴木 そこでもデジタル活用がカギを握ります。遠くを見るには、ヒト・モノ・カネのデータから過去の傾向を導いて未来の予測に生かす、データドリブン型の経営が重要です。また、空間軸でいっても、デジタルで可視化したものをバリューチェーンなどのビジネスネットワークで共有できれば、業界全体の効率化や競争優位性につなげていくことができます。

名和 ビジネスリーダーには、「変身」ではなく「変態」を意識していただきたいですね。はやっているからとデジタルを導入するのは、コスプレでかぶり物をしているようなもので、本質的には何も変わっていません。本当に変革したいなら、幼虫がさなぎになって成虫になるように、自分の内部がどんどん開花していくメタモルフォーゼ(変態)を目指すべきです。デジタルは、その触媒になりうるものだと考えています。

鈴木 同感です。メタモルフォーゼするには、これまでの仕事のやり方や成功体験をいったんリセットしたり、一度失敗しても諦めず、挑戦を繰り返して成功に近づいていく発想が重要です。

SAPはもともとエンジニア気質が強く、プロダクトアウトで成長してきた会社でした。しかし社会やテクノロジーの変化を受けて、何度も転びつつマーケットインの会社に変わり、クラウドやAIの波を逆にリードするまでになりました。変革を実践したロールモデルとして、私たちがお客様にお伝えできることは多いはずです。自らの経験を生かして、今後も変革リーダーの皆様をしっかりサポートしていきます。
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