健康寿命を延ばす、「住宅」のあり方に着目すべき SDGsの観点で住宅の断熱性と健康の関連を解説

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SDGs(持続可能な開発目標)への取り組みが社会の要請になっている。CO2削減や省エネも喫緊の課題だ。「住宅は人間の健康寿命にも大きな影響を与える」と語るのは、近畿大学副学長で建築学部学部長の岩前篤教授だ。そのポイントについて聞いた。

日本の「寒い家」は健康上のリスクも多い

――岩前さんは住宅の断熱性と健康との関連について長年研究をされています。日本の住宅にはどのような特徴がありますか。

岩前 日本の住まいは主に紙と木と土で造られてきました。日本に限らず、どこの国でも手に入りやすい材料で家を造ります。日本はたまたま木が周囲にたくさんあったので木造になったのです。

明治時代に欧米の技術が一気に入り、建物の建築様式が大きく変わりました。しかし、冬の寒さや夏の暑さへの対応は、それまでの感覚が残ってしまっています。兼好法師が書いた『徒然草』の中に「家の作りやうは、夏をむねとすべし(家は夏を中心に考えてつくりなさい)」という言葉が残されています。『徒然草』が書かれた鎌倉時代には確かに、夏の暑い時季にたくさんの人が亡くなっていました。しかし、現代社会においては冬の死亡率のほうが高くなっています。それにもかかわらず、日本の家は寒すぎるのです。

近畿大学副学長 建築学部学部長 建築環境システム研究室 教授 岩前 篤 氏
近畿大学副学長 建築学部学部長
建築環境システム研究室 教授
岩前 篤氏
IWAMAE ATSUSHI
1986年に神戸大学大学院を修了し、住宅メーカーに入社、住宅の断熱・気密・防露に関する研究開発に携わる。95年、神戸大学で博士号取得。2003年、近畿大学理工学部建築学科に助教授として就任、09年教授、11年建築学部学部長、 22年より副学長に就任。経済産業省技術委員をはじめ、国土交通省、環境省、文部科学省、大阪府・市、神戸市などの建築の省エネに関わる技術的な評価、開発に携わる

――日本の家はどれくらい寒いのでしょうか。また寒いことでどのようなリスクがありますか。

岩前 世界保健機関(WHO)は健康リスクを低減するために、冬季の室温を18度以上に保つことを勧告していますが、日本では多くの家で18度を下回っているという調査があります。また、北海道などの寒冷地では高断熱住宅が普及しているため18度以上なのに対して、関東以西の暖かい地方では室温が低いという現象が起きています。

「寒い家」で気をつけたいのが低体温症です。低体温症は、深部体温(体の中心部の温度)が35度を下回ることにより、体の機能を正常に維持できなくなる状態です。厚生労働省の調査では、2013年からの10年間で熱中症で亡くなった方は1万397人なのに対して、低体温症で亡くなった方は1万1852人と、熱中症での死者数をわずかながらも上回っています。屋内でも低体温症で亡くなることが多いのです。

また、私たちの調査では、低体温症に限らず、冬の寒さによって循環器系、呼吸器系、神経系、血管系など、さまざまな病気で亡くなる方が増えることがわかっています。

SDGsの本質は人間が健康的に生きること

――日本では「寒い家」が多いとのことですが、要因はどこにありますか。また、SDGsの観点ではどのような課題があるのでしょうか。

岩前 大きな要因は、先ほどお話ししたように、日本の家の多くは夏の暑さ対策として風通しのいい家が求められてきたことです。断熱性が高いわけではないので、冬は寒く、さらに夏でも涼しいわけではありません。日本人、とくに高齢者の方は、そこで「我慢」する人が多いのです。夏でも冷房をつけず、冬は厚着をしてこたつやストーブの周りで過ごすといった具合です。

私は「寒い家は狭い」と言っていますが、冬に行動範囲が極端に狭くなるような家がたくさんあります。断熱性が低い家では冷暖房器具の効率も悪く、新たな設備を導入してもCO2削減や省エネにつながらないこともあります。部分的に冷やしたり暖めるのではなく、部屋全体、家全体の断熱性を高めることで、冷暖房器具の使用を減らすことができます。何より、快適な家では行動範囲が広がります。

SDGsの本質は人間がいかに健康的に生きることができるかです。そのうえで、エネルギーをいかに使わずに暮らすことができるかが大切です。

――初期費用を若干多く負担することになっても、断熱性が高い住宅のほうがさまざまなメリットがありそうです。

岩前 そのとおりです。対症療法的に冷暖房器具を増やしてもエネルギーを使っていることには違いがありません。それよりも、もともとエネルギーに依存しなくても暮らせる家にしておくことで、CO2削減や省エネを実践することができます。

夏場にお年寄りが冷房をつけるのを我慢するのは、冷たい風が体に当たるのが不快だからというのも理由の1つです。部屋全体を涼しくすれば我慢する必要もありません。

北欧の国は、冬は厳しい寒さですが、多くの家は高断熱で屋内では薄着で過ごしています。家の中での行動範囲も広く、ご近所の方を訪問したり招いたりと外に出かける機会も多いそうです。日本でもお年寄りや子どもが元気に動ける家が増えるといいですね。健康寿命を延ばすことにも貢献できるでしょう。健康になることで医療費を削減することもできます。

窓や壁を工夫するだけでも大きな効果

――既存の住宅の場合、断熱性を高めるためにはリフォームすることになりますが、どこから着手すべきですか。

岩前 外気に接している壁に断熱材を貼る、窓を複層にするといっただけでも効果があります。断熱材は既存の壁の上に貼り付けるだけで利用できるものもあります。窓も既存の窓に内窓を加えるだけで複層にすることができます。いずれも工事は半日〜1日程度で行えるので負担も少ないでしょう。

リビングや寝室など、過ごす時間が長い部屋をリフォームするだけでも生活環境は快適になります。最近では2階建ての住居の1階部分だけ高断熱化するといったリフォームの例も増えています。これも、日常の行動範囲を広げることにつながるでしょう。

住宅メーカーや工務店の中には、高断熱住宅を実際に体験できるモデルルームを用意しているところもあります。実際の住み心地を理解するために利用してみるのもいいでしょう。