ビジネスの勝ち筋が「脱炭素」にある納得の理由 カーボンニュートラルはもう無視できない
省エネと再エネ普及が加速 脱炭素化がもたらす価値
―企業や自治体は2050年のカーボンニュートラル実現に向けて、さまざまな取り組みを加速させています。国内の現状についてお聞かせください。
高村 2021年度の日本の温室効果ガス排出量は、コロナ禍の影響で排出量が大幅に減少した20年度から若干リバウンドしています。30年ごろには13年度比で約40%削減に至るような速度で排出は減っていますが、13年度比46%削減、50%削減の高みを目指すという30年度目標達成にはさらなる対策の強化・加速がカギを握ります。
――国内において温室効果ガス排出量の削減が進んでいる要因は、どういった点にあるとお考えでしょうか。
高村 この間の一貫した要因は、省エネの前進と再エネの増加です。省エネは気候変動対策の最も基本的な対策ですが、世界的な化石燃料価格の高騰などもあって、省エネ性能の高い機器の導入など対策が進んでいます。日本企業はかねて省エネ性能の高い製品・技術の開発を進めており、エネルギー危機下での欧州市場でもこの間製品の売り上げを伸ばしています。
日本では、2030年度の総発電量のうち再エネで36〜38%賄うという目標を掲げています。ここ10年ほどで総発電量に占める割合は約2倍になりました。20年前後から、再エネ導入を進める自治体、企業の取り組みが加速度的に進んでいます。
――企業の取り組みは、順調に推移しているように思われますが、課題はありますか。
高村 気候変動への対応を重要な経営課題として取り組む企業は確実に増えています。他方、どこから取り組んだらよいのか、経営資源をどこに投入したらよいのかなど悩んでいらっしゃる企業もいまだ多くあります。
ESG投資の拡大や政府や自治体の対策の強化が見込まれる中で、カーボンニュートラルへの取り組みは、資本市場や取引先からの企業評価を高め、新たな事業機会を創出するなどさまざまなプラスの効果が期待されます。積極的な取り組みが生むメリットは非常に大きいと思います。
キーワードは「情報開示」カギ握るScope3への対応
――企業や自治体などのカーボンニュートラル実現へ向けた取り組みについて、近年の特徴や傾向を伺えますか。
高村 注目されるのが、気候変動に関連する財務情報の開示の動きです。2022年4月以降、東証プライム市場に上場する企業に、気候変動に関する情報開示の指針であるTCFDのガイダンスに基づく情報開示が求められるようになりました。
また、23年1月に内閣府令が改正され、有価証券報告書に「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設され、気候変動を含むサステナビリティに関する情報の開示が義務化されました。
私は23年を「情報開示元年」と呼んでいましたが、サステナビリティ情報の開示において間もなく日本版の基準の草案が発表されるなど、24年は本格的な対応がより一層企業に求められるようになると思います。またグローバルな機関投資家はもとより、国内金融機関にも、企業評価においてサステナビリティ情報を重視する傾向は確実に広がっています。
――気候変動に関する情報開示に当たり、どんなことが課題になるでしょうか。
高村 課題はScope3(サプライチェーンにおける他者の間接的排出)です。Scope1(企業自らが排出する直接排出)とScope2(購入する電力などのエネルギーからの間接排出)は、国の温室効果ガス算定報告制度などですでに多くの企業が報告しています。
一方で、Scope3は原材料調達から消費者の使用・廃棄までを含むサプライチェーン・バリューチェーンからの排出量で、データの収集にもさまざまな対応が必要になります。ただ、最近は排出量の算定や報告を一元管理できるシステムやサービスなども提供されています。
強調したいのは、「開示のための開示」ではもったいないということです。温室効果ガス排出量の可視化は、自社の事業のどこでエネルギーを多く消費し、削減の可能性があるかを把握し、エネルギーコストを低減する手がかりにもなります。また、自社のサプライチェーンの全体像を理解することにもなります。
Scope3を含む情報開示の流れが加速する中で、取引先から排出量に関する問い合わせを受けているという話も聞きます。温室効果ガス排出量を把握し、削減対策を取ることは、取引先からの信頼性を高めることにもつながります。情報開示は企業評価を高めるチャンスにつながることを理解したうえで、前向きに取り組んでいただきたいです。
把握すべき「2つのポイント」事業発展へ必要な意識改革
――企業がカーボンニュートラルの取り組みを推進するために、まず着手すべきことは何でしょうか。
高村 まず、自社の事業活動のどこでどれだけエネルギーを使用し、どれだけ温室効果ガスを排出しているかを把握することが重要です。そこをよく理解することで、再エネ利用への切り替えなど具体的で効果的な対策が見えてきます。
環境省や金融庁は、企業のカーボンニュートラル戦略策定に関する実践例や取り組み状況をHPなどで紹介しています。業界団体や商工会議所などの事業者団体も情報交換の機会や勉強会を設けているので、取り組みに悩む企業は、まずそういった場で情報収集を始めるのも有効です。付き合いのある金融機関に相談している企業もあります。
情報を基に企業は、将来どのような事業環境になるのか複数のシナリオを検討し、どのようなリスクやチャンスがあるかを分析することで、中長期の経営課題や新しいビジネスのチャンスが見えてきます。情報開示を事業の強化や構造転換を進める手段として捉えることで、経営体質の強化や将来的な事業の発展にも役立つことでしょう。
――カーボンニュートラル実現へ向けて、これから企業にどのような意識変革が求められるでしょうか。
高村 2050年までに日本がカーボンニュートラルを達成するためには、大規模なエネルギーと産業の構造転換が必要不可欠です。そうした起こりうる変化を見据えて、各企業が中長期の視点で事業戦略を検討する必要があります。世界中のビジネスがカーボンニュートラルを前提に変革を迫られている中、日本企業においてもその変化を見据えて対応を検討することが、これからの勝ち筋ともいえるのではないでしょうか。