「熱中症対策の研究」がつないだ地域貢献とは 東洋大学が挑む社会課題解決へのアプローチ
アスリートを輩出する東洋大学ならではの着想で熱中症にアプローチ
東洋大学重点研究推進プログラムは、超スマート社会(Society5.0)の到来に向けて、地球規模の課題解決に役立ち、かつ東洋大学のブランドとなる先進的で独創的な研究を支援するというものだ。プロジェクトは学内公募で採択され、3年計画で研究を行う。
しかし、なぜ東洋大学で熱中症の研究を行うことにしたのだろうか。加藤教授は「2つの理由がある」と語る。
「まず、この研究プロジェクトを考案した2017年当時、3年後に開催される国際的なスポーツイベントが控えていたことです。すでに開催時期は夏と決まっており、熱中症対策が急務な課題として注目されてもいました。そこで、現役学生や卒業生を日本代表に輩出している本学から、これまでとは別の観点からアスリートをサポートできないかと考えたのです。そして、もう1つの理由は本学のキャンパスの位置に関係しています。
当時、私が所属していた理工学部生体医工学科※1は埼玉県川越市に、生命科学部※2は群馬県板倉町にありました。川越は熊谷市、板倉は館林市と、それぞれ夏の酷暑でニュースでも取り上げられるエリアと馴染み深いです。しかも、熱中症対策が求められてはいるものの、熱中症についてはわかっていないことも少なくありません。そこで、熱中症を科学的に掘り下げようとプロジェクトに応募したのです」
※2 2024年度から埼玉県朝霞キャンパス(朝霞市)へ移転
加藤教授らがまず着手したのは、熱中症のメカニズムに関わる部分の解明だ。
「体温以上の暑さという負荷がかかった時、身体のどの部分の細胞の、どの組織が影響を受けるのかという研究を始めました」
そして次に、高温の環境になっても細胞を保護し、障害が起こるのを防いでくれる成分を探すフェーズに移っていった。
「弱いところを探すだけでなく、細胞を保護するためにはどういう成分が必要か、根本から探ることで熱中症対策に応用できるようになりますから」と加藤教授は続ける。しかし、細胞の変性を防ぐ成分を探すと一口に言っても、薬の成分から植物由来のものまで含め、あらゆる成分を対象とすることは現実的ではない。では、どうしたのか。
「このプロジェクトの1つの目的は一般の人が日常的にできる対応策を探ること。私は大学時代に薬学部で学びましたが、薬というアプローチではなく果物や野菜など普段の食物として摂取できる植物由来の成分にターゲットを絞りました」
それでも候補はかなりの数にのぼるため、論文などの先行研究を基に100種類程度に絞ったところ、その狙いがぴたりと当たった。
「早い段階で、血管の細胞を保護するオーラプテンという成分にたどり着いたのです。オーラプテンはハッサクや夏ミカンの皮の部分に含まれる成分で、血液の細胞の変性を抑制する働きを確認しました」
研究に広がりを生む文理融合の学部横断型プロジェクト
「従来の研究体制であれば、それぞれの研究者や1つの研究科の専攻範囲で研究を行い、そこで完結します。しかし、東洋大学重点研究推進プログラムではさまざまな学部学科・研究科の研究者が連携し、チームを組んで研究に取り組んでいるため、1つの問いに対する解を導き出して終わりではなく、新たな問いが次々と生まれ、研究が広がっていきます」
実際に、加藤教授のプロジェクトでは、遺伝子・タンパク質レベルの解析から動物、そして人間まで、その対象は多岐にわたっている。
「こうしたアプローチができるのも、文理融合の学部横断でチームを組んでいるからこそ。それぞれの学部学科や研究科の拠点となるキャンパスは離れているのですが、定期的に研究交流会を行ってきました」
今回のようなプロジェクトは、教育的意義も大きいと加藤教授は話す。
「大学院生も研究チームに入っているのですが、ただ言われたことを言われたとおりに実験していい結果が得られても、喜びにはつながりません。時には失敗も経験し、自分で試行錯誤する中で結果にたどり着くことが喜びであり、成長につながるのです。熱中症のプロジェクトでは、『柑橘類がいいようだ』という目星はついていましたが、血管細胞を保護する成分にたどり着くにはもっと時間がかかると考えていました。しかし、実験を担当していた大学院生が細胞の変化に気づいてくれたのです。すぐに見つかるとは思っていなかったので驚きましたね。試行錯誤を繰り返し、自ら考える中で、こうした変化に気づくセンスを養っていたのでしょう」
ハッサクの生産地である和歌山県と進める産官学連携
オーラプテンが見つかったことで、熱中症研究プロジェクトは社会還元という役割も果たそうとしている。
「柑橘類と一口に言っても種類によって含まれる成分は異なり、オーラプテンを最も多く含むのがハッサクだったことがわかりました。その多くが和歌山県で生産されており、中でも紀の川市が主要な産地となっています。そこで、オーラプテンの抽出技術などについて、和歌山県工業技術センターや紀の川市、企業などと連携を進めています。ほかにも、オーラプテンを通じて地域活性化のお手伝いができないか探っているところです」
前述のようにオーラプテンはハッサクの中でも皮の部分に含まれている。果実はジュースなどになるが、これまで廃棄されていた皮を有効活用できるため、SDGsの観点からも価値の高いプロジェクトだと言える。
研究そのものだけではなく、産官学連携に参加することもまた、学生にとって大きな学びの場になっていると加藤教授は語る。
「産官学連携では学生は企業の方や自治体の方とやりとりをし、何が求められているのかを肌で知ることができます。社会に出る前にこういった経験ができることは大きな学びをもたらしていると言えるでしょう」
施設から人材まで幅広く大学が支援
研究を通じて社会とつながり、そして社会課題の解決を果たそうとしている東洋大学重点研究推進プログラム。大学としての支援体制も充実しているようだ。
「本学ではこのプログラムをはじめとして、地球規模の社会課題解決に資する研究に支援が行われます。その支援内容には施設や設備だけでなく、総合大学の強みを生かした幅広い領域に広がっていることも魅力です。本学には研究シーズがいくつもありますから、学内スタートアップや学内ベンチャーの実現も夢ではありません。ただ、本学は教育力を大切にしている大学ですから、教育と研究のバランスは今後も大切にしていきたいですね。これからは次世代の研究者の育成にも力を入れていきたいと思っています」
教育と研究の両輪をバランスよく回すことで、それぞれが相乗効果を生み出そうとしている東洋大学。大学の中はもちろん、外の世界と広くつながっていくそのあり方そのものが、東洋大学のブランドを育てていく力になるのだろう。