「観光資源」のフル活用で導く地域活性化・後編 「食」だけでない、観光コンテンツのあり方は

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宮崎俊哉氏と原田静織氏
写真左/宮崎俊哉氏(三菱総合研究所 観光立国実現支援チームリーダー)写真右/原田静織氏(ランドリーム代表取締役社長)
インバウンドビジネス支援を行うランドリーム代表取締役社長の原田静織氏と、観光政策に詳しい三菱総合研究所(MRI)の宮崎俊哉氏が、持続可能な観光のあり方について語り合う今回の特別対談。前編では、人手不足が深刻化する観光産業で地域のホテルや旅館がビジネスを続けていくためのヒントが示された。後編では具体的に、観光コンテンツの発掘の仕方やSDGsへ配慮した観光のあり方、デジタルツール活用の可能性について意見が交わされた。(前編はこちら)

ありとあらゆるものが観光コンテンツになる

原田 日本人は「お金を稼ぐことは恥ずかしいこと」といった考えが根本にありますね。ホスピタリティーも無料で提供するものだと。しかし私は、提供した付加価値分はしっかりと対価をもらい、そのうえでより次元の高いサービスを提供していくことが重要だと考えます。そのあたりを見直していかないと、従業員の賃金も上がりません。

宮崎 それでいうと、前編で原田さんから、カヤック体験ツアーを3000円ではなく1万4000円で提供してもよいというご提案がありましたが、私はそこには1万4000円でサービス提供するだけの覚悟が必要だと思うのです。

ある漁業の盛んな街で、漁師さんが海上タクシーを始めるという話がありました。値段を聞いたところ、1人2000円だと言うのです。「2000円で成立しますか?」と尋ねたら、「ギリギリです」と。「こんなに美しい景色を見ながら船で回れるのですから、5000円くらい取ってもよいのでは?」と私が言ったところ、「5000円取ったら何かしなければいけない」という答えが返ってきました。

これも考え方を見直したほうがいいと思うのです。2000円でやっているから付加価値を付けなくてもよい、中途半端なサービスでよいというのは一種の甘えではないでしょうか。漁師さんが自分の体験談を話すといったことでも付加価値になりえます。しっかりとコンテンツを練って、それにふさわしいプライスをつけるべきです。

原田 地方に行くと「うちには何もないので」と言われることがあります。しかし、集客に成功しているすべての地域が、京都などのように観光コンテンツに恵まれているわけではありません。世界遺産があって、宿泊施設も充実していて、英語を話せるガイドもたくさんいるところは47都道府県の中でもごく一部です。

「何もないです」と言われたら、私は「あらゆることが観光コンテンツになりますよ」と答えています。例えば「食」です。地元の食材を使った地産地消のレストランは各地にありますよね。高級なオーベルジュ(宿泊施設付きレストラン)もインバウンドの旅行客には人気です。あるいは地元の農家さんの家に泊まって、彼らのつくっている野菜や郷土料理を食べながら、里山における日本人の普段の生活を体験できるというのもいいでしょう。

「食」以外にも、コンテンツになりうるものはたくさんあります。福井県の越前市では刃物の工房で、鍛冶や研ぎ職人の作業風景の見学ができる体験教室も開催しています。また三重県の鳥羽市にある旅行会社は、漁村を巡るツアーを提供しており、修学旅行生も訪れるそうです。そのプログラムの中には、漁業協同組合が行う「海底耕うん(海底に沈殿しているリンや窒素などの栄養塩を掘り起こす作業)」のビデオ映像を見てもらうというコンテンツがあります。この作業は生物が生息しやすくなる環境づくりに役立つ可能性があると説明すると、学生の皆さんは関心をもって耳を傾けてくれると聞きました。

原田 静織(はらだ・しおり)
中国上海生まれ。1996年に来日、青山学院大学経営学部卒業後、IT企業を中心にビジネスデベロップメント&マーケティングのポジションを歴任。大手ソフトウェアのマーケティング・ディヴィジョンのトップとしてマーケットシェア1位獲得。2013年トリップアドバイザー代表取締役社長就任。2015年インバウンドビジネスコンサルタントとして独立、同時にインバウンドビジネス支援のランドリームを設立し現職。

宮崎 アフターコロナでは、観光においてもサステイナブル志向が高まると考えられます。観光立国推進基本計画では、目指すべき姿として「持続可能な観光地域づくり」というビジョンを示しています。国連世界観光機関(UNWTO)によると、「持続可能な観光」の定義は「訪問客、産業、環境、受け入れ地域の需要に適合しつつ、現在と未来の環境、社会文化、経済への影響に十分配慮した観光」です。基本計画では、2025年度までに持続可能な観光地域づくりに取り組む地域数を100地域にすることを目指しています。かなり意欲的な目標ですが、具体的な数字を掲げている点は注目すべきです。

ただし海外ではエコラベルのような認証は地域に対するものよりも、事業者向けが先に登場し、取得も進んでいます。日本の計画では地域に対する取り組みが先行していますが、今後は、インバウンドの旅行者から認証が付いていない宿やオプショナルツアーが選ばれなくなることも想定されるので、事業者対策に早急に取り組む必要があります。

“自分たちらしさ”の追求が優位性につながる

原田 北海道には国際的なリゾート地として知られる地域がありますが、成功の要因は、パウダースノーを武器に、インバウンドの富裕層向けのスキーリゾートに特化したことだと思います。自分たちが何を強みとして打ち出していくかを決め追求する。「Who、What、How」はマーケティングの基本ですが、どんな人に来てもらいたいか、そのためにどんなコンテンツをどのように提供すべきかを考え実行しているのです。

宮崎 サステイナブル・ツーリズム(その土地の持続可能性に配慮した旅行)のほか、レスポンシブル・ツーリズム(旅行先の環境や暮らしに責任をもつ旅行)、リジェネラティブ・ツーリズム(地域の再生に積極的に寄与する旅行)などに関心をもつ海外の富裕層が増えています。日本でも小中学校や高校でSDGs(持続可能な開発目標)に関する学習に力を入れるようになっています。今後はあらゆる製品・サービスで、持続可能なものなら値段が高くても選ばれるようになるでしょう。そうした社会の変化に対応するためには、旅館やホテルなどの事業者も覚悟を決める必要があります。

宮崎 俊哉(みやざき・としや)
1992年東京工業大学大学院社会開発工学専攻修士課程修了後、三菱総合研究所(MRI)入社。2008年より観光立国実現支援チームリーダー。「観光に科学を」をモットーに、国内外観光市場マーケティング調査・計画・施策立案等の受託事業に従事。近年は、持続可能な観光地域づくり、富裕旅行市場振興、ガストロノミーツーリズム振興等に従事。行政の有識者委員、各種講演などの実績多数。

いまだに「なぜ照明をLED(発光ダイオード)に替えないといけないのか」と言う経営者や、そもそもSDGsとは何かと尋ねる経営者がいますが、意識を変える必要があります。インバウンドがコロナ前に戻っても、爆買いのオーバーツーリズム(観光公害)を繰り返すのでは意味がありません。

これから自分たちの旅館やホテル、観光地がどのような方向で生きていくのか、まさに覚悟を決めて実践することが大切です。

観光業はDX推進で成長する可能性大

原田 他方では労働生産性の向上も、日本の観光業の大きなテーマです。生産性を上げるには、消費額単価を引き上げなければなりません。先ほど紹介したように、地域のさまざまなコンテンツと組み合わせた体験型観光など、地域全体で収益を上げるのも一つの方法でしょう。地域の多様なプレーヤーとのコラボレーションも必要になります。

宮崎 インバウンドの旅行者には英語のパンフレットを用意するなどのコストもかかるわけですから、日本人旅行者とは違う価格設定にしてもいいと思います。三菱総合研究所(MRI)は観光業の皆さんだけでなく、農業や漁業、林業、教育・文化、製造業など、幅広い企業・団体とネットワークがあります。これらの橋渡しも含めて、地域での取り組みをお手伝いしたいと考えています。

原田 実はわれわれランドリームでも宿泊施設を試験的に運営しているのですが、改めて宿泊業は労働集約型だと感じます。少ない人的リソースで1人が何役もこなさなければなりません。私はトリップアドバイザーに入社する前にIT系企業でマーケティングを担当していたこともあって、デジタルツールを積極的に導入、活用しているのですが、実際これらのツールなしには事業が回りません。同様に、DXを抜きにしてはこれからの日本の観光業は成り立たないと思います。

宮崎 残念ながら日本の宿泊業では、顧客名簿すら手書きで管理し、宿泊予約もファクシミリで受けるといったところがまだまだたくさんあります。DXがかなり遅れている産業といえるでしょう。例えば、表計算ソフトを導入するだけでもかなり変わります。できることからやってみていただきたいですね。地域単位で共通したツールなどのインフラを整えるのも有効でしょう。

原田 日本は少子高齢化でさまざまな市場が縮小していますが、その中にあっても観光産業は成長産業だと感じます。スイスやフランスのように、結果的に人口以上の観光客を集めることもできる潜在力がありますから。コロナ禍を経て、今は日本の観光産業そのものが大きく変わるチャンスだと思います。タイなどは、観光業界で働く人が誇りをもっています。日本もそういう国になるとうれしいですね。

宮崎 国内総生産(GDP)に占める観光の割合を見ると、日本は2%ほどです。ところがG7で考えると日本以外の国々の平均は約4%です。日本もそれぐらいあってもよいと思います。観光庁は「住んでよし、訪れてよし」と表現していますが、まさに日本の(価値観や文化などの)ソフトパワーを生かし、日本のファンをつくることで持続可能な観光が実現し、観光産業が成長していくはず。大いに期待しています。

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※この対談は、『フロネシス24号 未来社会への新胎動』(東洋経済新報社刊)に収録したものを再構成したものです。