「観光資源」のフル活用で導く地域活性化・前編 インバウンドで地域のホテルや旅館が稼ぐには

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宮崎俊哉氏と原田静織氏
写真左/宮崎俊哉氏(三菱総合研究所 観光立国実現支援チームリーダー)写真右/原田静織氏(ランドリーム代表取締役社長)
「海外の人が何を求めているのかわからない」「値上げできるほどの強いコンテンツがない」。コロナ禍を経て、インバウンド需要は回復基調にあるものの、集客や値付け、サービス内容に頭を悩ませている観光事業者は少なくない。一方で、「あらゆることが観光コンテンツになりうる」と話すのは、インバウンドビジネス支援を行うランドリーム代表取締役社長の原田静織氏だ。「何もない」と思い込み、自らの地域活性化の道を妨げているのは、自分たちかもしれない――。観光政策に詳しい三菱総合研究所(MRI)の宮崎俊哉氏と、持続可能な観光のあり方について探った。

インバウンドの重要性は増すばかり

宮崎 原田さんに初めてお会いしてから10年ほどが経ちます。当時は「インバウンド」という言葉がよちよち歩きを始めた頃でしょうか。

原田 私がトリップアドバイザーの代表に就任した頃ですね。ちょうどその頃、東京2020オリンピック・パラリンピック開催が決まったというニュースが飛び込んできたことを覚えています。今でこそインバウンドの重要性が認識されるようになりましたが、東京2020特需に沸く前は、「うちの県は農業と製造業が中心で、観光業は大きくありません。むしろ人が集まりすぎると迷惑です」といった話をよく聞いたものでした。

東京2020を前に訪日客が増えてきた頃からは、「うちもインバウンドビジネスをやりたいのですが、何をすればいいですか」と相談されるようになりました。日本はよくも悪くも横並びで、隣の県が成功したらうちも、といったように一気に広がります。ここ数年で関心の度合いも急に高まってきました。

宮崎 2013年ごろはインバウンドという言葉の定義も広まっていませんでしたね。観光庁もまだ海外からの観光客の獲得に力を入れておらず、国内旅行がメインでした。私はその頃、国内の有識者とインバウンド研究会というものをつくってレポートを出しました。そこでは、誰もが、どの地域もが、インバウンド獲得を目指す必要はない、としていたのですが。

実は当時、地域の旅館やホテルなどの事業所にとっては危機が続いていました。企業の社員旅行などの団体ツアー・パッケージツアーの需要が少なくなり、家族旅行や個人旅行へとシフトしていく中で、それにどう対応すべきか苦労していたのです。本来はそこで抜本的なビジネスの見直しがなされればよかったのですが、変わらないうちにインバウンド需要が来たので、多くのホテルや旅館が旧態依然のまま残ることになりました。

宮崎 俊哉(みやざき・としや)
1992年東京工業大学大学院社会開発工学専攻修士課程修了後、三菱総合研究所(MRI)入社。2008年より観光立国実現支援チームリーダー。「観光に科学を」をモットーに、国内外観光市場マーケティング調査・計画・施策立案等の受託事業に従事。近年は、持続可能な観光地域づくり、富裕旅行市場振興、ガストロノミーツーリズム振興等に従事。行政の有識者委員、各種講演などの実績多数。

原田 日本の周りには年間を通して気温が高い国が多いですが、日本は四季折々に地域ごとの魅力があります。これは、インバウンドに興味をもってもらえる強みです。また、日本は観光客の多いハイシーズンと少ないローシーズンがはっきり分かれています。一方で全世界で見ると休暇は国・地域ごとにバラバラなので日本のローシーズンに集客するにはインバウンドは都合がいいのです。

ところが、コロナ禍では国内旅行客も海外からの観光客もぴたりと止まってしまいました。しかし私は当時「この状況が永遠に続くわけではありません。再始動に備えて、この2、3年で仕込んでおきましょう」とお話ししました。実際、意欲高く準備を進めていた地域はまさに今、“収穫の時期”になっています。

旅行会社頼みの集客は過去のもの

宮崎 政府は2023年3月に観光立国推進基本計画(第四次)をまとめました。ここではインバウンド消費5兆円、国内旅行消費20兆円の早期達成を目指すとしています。国内旅行消費の目標は低めといえるでしょう。多かったときと比べて、7、8兆円も落ちているのです。つまり旅行市場全体が縮小していることは否めません。

背景には旅行者の意識の変化があります。地域の観光産業の立場からすれば、かつて旅行客は大手の旅行会社が集めて連れてきてくれるものでした。ところが近年では、オンライン専用旅行会社(OTA)などを利用して、個人で旅行を申し込む人が国内・海外ともに増えています。地域の旅館やホテルなどの事業所は、これまで自分でお客さんを探したことがないので、マーケティングのやり方もわからず途方に暮れている状態です。

原田 以前から一人旅や少人数の旅はトレンドとして挙がっていましたが、それを加速させたのがコロナ禍でした。世界的に見ても、家族単位など少ない人数のグループで旅行をするのが大きな潮流になりつつあります。しかし、地域の旅館やホテル、観光地域づくり法人(DMO)の人たちは依然として、大手旅行会社に依頼して団体旅行客を連れてきてもらおう、といったことを考えがちです。

原田 静織(はらだ・しおり)
中国上海生まれ。1996年に来日、青山学院大学経営学部卒業後、IT企業を中心にビジネスデベロップメント&マーケティングのポジションを歴任。大手ソフトウェアのマーケティング・ディヴィジョンのトップとしてマーケットシェア1位獲得。2013年トリップアドバイザー代表取締役社長就任。2015年インバウンドビジネスコンサルタントとして独立、同時にインバウンドビジネス支援のランドリームを設立し現職。

宮崎 私は2023年6月に閣議決定された「観光白書」の作成にも携わり、観光業界の現状を調査しレポートしました。原田さんのお話にもありましたが、有名な温泉地ですら、今でも旅行会社頼みというところも少なくありません。

ただ変化も起きています。実際、コロナ禍で旅行会社がお客さんを連れてくることができない、それならばと、大広間だったところを個室で食事ができるように改装した例もあります。興味深いのはそれに併せて値上げをしていることです。これまでは旅行会社に言われた価格でやるしかなかったけれど、旅行会社がお客さんを連れてこないのであれば、自分たちで価格を決めるしかない。結果としてそれまでよりも2割、3割と高い料金を提示した、という流れなのですが、「自分たちに価格決定権があることに初めて気がついた」と話す旅館の経営者もいます。

原田 それは根の深い問題ですね。日本ではサービスを提供する際、安くしないとお客さんに支持されないという考えをもつ人が多いです。そこで私がよく例に出すのが「カヤック体験ツアー、いくらなら参加しますか?」という問いです。日本人に尋ねるとだいたい3000円くらいと答えます。でも海外なら100ドル(約1万4000円)することも珍しくありません。では3000円と1万4000円とどちらが価格設定としてふさわしいか、という話ですが、3000円で1人数百円しか利益が出ないとすれば、1000人単位でのオペレーションが必要です。一方1万4000円なら、少人数でも成り立ちます。人手不足が深刻化する観光産業でビジネスを続けていくには、後者が圧倒的に有利でしょう。

※対談時点の為替レート
 

宮崎 日本人旅行者であろうがインバウンドの旅行者であろうが、パックツアーの安い団体客はできるだけ避けたいという旅館も出てきました。稼働率を上げるためには、個人客やマイクロツーリズム(近隣観光)を含めてリピーターになってくれる「優良顧客」をしっかりとつかまえておくことが大事だと。1泊だけでなく2泊、3泊と滞在してくれるようなお客さんに応えられるようにしようと。

ただその場合、2泊以上のお客さんに対して、毎日違う食事メニューを出すことは難しく、申し訳なく思う旅館もあるようなのですが。これも、アフターコロナの人手不足がきっかけとなり、ホテル外で食事をとる「泊食分離」が進んだ温泉地があります。食事のサービスを提供するには人手がかかるため夕食は出せないという旅館の周りに、ビジネスチャンスを見いだしたレストランの出店が増えたからです。

原田 温泉街でも、フレンチの店があってもよいし、鉄板焼きのお店があってもよい。レストラン目当てにその街に出かけるというのでもよいでしょう。15時にチェックインして、翌朝10時にチェックアウトするまで、ずっと旅館の中で過ごすというパターンもこれからは減ってくると思います。地域の旅館・ホテルも変化すべきです。滞在型観光が広がることは、観光地全体の活性化にもつながります。(後編に続く)

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※この対談は、『フロネシス24号 未来社会への新胎動』(東洋経済新報社刊)に収録したものを再構成したものです。

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