「AI使いこなす」ために日本に足りない視点・後編 「若者が年長者に教える」環境が必要になる?
世代を超越した教育環境の実現も重要
小宮山 もう一つ重要なのは、間違いなく人材ですね。いわゆるAI人材と呼ばれる専門技術者だけでなく、AIを新事業創出や社会課題解決に結び付けられるような人材を、幅広く育てる必要があるはずです。日本の人材育成をどう見ていますか。
松尾 私の研究室で開講しているAI講義の受講者が、実はここ数年ものすごく増えています。2022年度は5600人、それが2023年度には1万人を超える見込みです。大学生だけでなく、高校生、中学生も多数受講してくれていることがわかります。
われわれの講義を選んでくれる学生が増えるのはうれしいことですが、少し気になるのは、国内の多くの大学でAI教育に取り組むようになったはずなのに、なぜわれわれのところにこれほど集まるのかということです。もちろん、どこの大学も真剣に取り組まれていると思いますが、AI教育のあり方が、必ずしも学生たちのニーズにフィットしていないのではないでしょうか。その意味では、AIを教える側の人材育成が足りていないことが課題と考えています。
小宮山 日本は「教えられる側の視点に立った教育」が足りないと常々思っていました。AIを使うにはまず高等数学の知識が必須だと、最初から難しい数学の講義なんかを延々やったら、すぐに7〜8割の学生が脱落してしまうでしょう。それでも残った学生に統計解析を教え、それからAI研究の歴史を学んで……などとやっていると、誰もついてこないはずです。まじめに教えようとする人ほど、こういう教育になりがちです。
せっかくAIに興味をもっている学生が世の中にたくさんいるのだから、AIの面白さを体感できるワークショップのような教育機会を真っ先に、そのうえで、もっと複雑なことに挑戦するために統計解析の手法などを少しずつ教えていく。そんな工夫が必要でしょう。
松尾 もう一つ大切なのは「若い人が教える環境」をつくることですね。
小宮山 確かに。日本では年長者が年少者に対し、一方的に教える発想が根強いけれども、これからは世代に関係なく、互いに教え合ったほうがいい。とくにAIのような先端分野では若い世代がどんどん教えたり、リーダーシップを発揮したりする機会が絶対に必要です。もちろん、そこにシニア世代も加わったらいい。シニアはAIのことがわからないから若い世代から学ぶ。一方で、若い世代は社会経験が少ないから、AIの使いどころがわからないかもしれない。そこは経験豊富なシニアから学ぶことがたくさんあるでしょう。この機会に、教育の仕組み自体を抜本的に見直していくべきだと思います。
小さい成功体験を重ねて大きな変革へと導くべき
小宮山 AIの発達に比例して、人間ならではの能力が重要になるとよく言われます。松尾さんは、今後人間に求められていく重要な能力とは何だと思われますか。
松尾 難しい問いです。10年、20年という長期的なスパンで考えてきた従来の教育に対し、大規模言語モデルのほうは現実に1カ月単位で進化します。とにかく時代の変化がどんどん速まっているので、変化を先取りしてそれにふさわしい能力を身に付けようという発想はほとんど不可能になっています。よく言われることですが、変化をいとわず、時代の変化に合わせて自らも変化させていく姿勢が重要です。そのために、どんな年齢になっても新しいものを学び続けることこそが必須の能力になるのだろうと想像しています。
小宮山 同感です。世の中の変化が激しすぎるからこそ、その変化を楽しみ、「面白そうだな。ぜひやってみよう」と、新しいことに前向きに挑戦していけるかどうかが問われるようになっていく気がしますね。
ただ、「これはAIにはまねできない能力だ」などと誰かが言うと、やがて必ずAIがそれを実現していくでしょう。テクノロジーの発展の歴史とはそういうものです。例えば「意欲」や「好奇心」のようなものは、時代を超えて必要な人間だけの能力だと思いますが、いずれはAIが何らかの定義を与えて、それらしいことをやってしまうかもしれない。
松尾 小宮山先生がおっしゃるように、今は変に未来を予言しないほうがいいと思います。「これはAIにはできない」と言っていると、たいていは実現されるということが繰り返されてきました。つまり、AIにできないことを探すのは無意味で、AIにできることをどう活用するのかを追求していったほうがいい。
小宮山 ご専門のAIが、これからの未来社会をどのように導いていくことを期待しますか。
松尾 私の研究室で初めて博士号を取得した上野山勝也さんという方が、組織内の小さな摩擦から国家間の外交問題まで、世の中のほぼすべての問題はコミュニケーションに起因している、と言っています。コミュニケーションとは突き詰めれば人間同士の情報のやり取り。先ほどお話ししたとおり、大規模言語モデルの本質は「情報の変換」です。つまりこの技術はコミュニケーションの質を高め、齟齬や摩擦を減らし、世の中のあらゆる社会課題を解決できるということになります。私も同感で、確かにAIがそうした活躍をしてくれる可能性は十分あると思います。その意味でAIが導く未来像に大きな希望を抱いています。
小宮山 なるほど。いい未来像ですね。日本は変わらない、変化することが苦手だとよく言われます。おそらく人々の間で課題意識が共有できていなくて、自分の既得権を守ろうとする人が出てきて、課題解決に向けた動きが潰される。だからこそコミュニケーションが円滑になり互いの齟齬がなくなって、大局的な視点に立って課題を共有できるようになれば、みんなで課題解決に向けて動き出せるかもしれません。
松尾 そのとおりですね。私の研究室が目指していることにもつながります。今の日本社会のさまざまな社会課題は、政府や自治体、大企業や中小企業など多くのプレーヤーが思い思いの活動を重ね、局所最適に陥った結果として起こっているのだと考えています。課題解決のために全体最適を目指そうと、それぞれのプレーヤーがバラバラに努力をしても、局所最適からはなかなか抜け出せません。その状況を変えて、世の中をよくしていくには、課題解決につながるようなポイントを、複数のプレーヤーが同時に押す必要がある。それができれば、少しずつ世の中は変わっていくはずです。
私の研究室では、アカデミアの世界での研究だけにとどまらず、産業界と連携しての共同研究やスタートアップの創出、政府との政策立案など、さまざまな活動をしています。世の中にある複数のポイントを見いだして、そこに働きかけていくためです。最初から大きな変革を目指すのではなく、小さい成功体験を重ねていく。ゲームのようにレベル1からレベル100まで難易度を設定して、まずはレベル1の簡単な課題から攻略していこう、ということです。また、そうしてレベルアップした人を増やして、研究室自体の可能性を広げていきたいと考えています。
小宮山 複数のポイントを同時に押して世の中を変えていくというのは、重要な考え方ですね。
世界は今、時代の転換期に直面しています。石油、石炭、天然ガスなどのエネルギー資源も、金属をはじめとする鉱物資源も、人類の活動に欠かせない資源はほぼすべて地下資源でした。しかし今から人類は、地下資源依存から脱却し、再生可能エネルギーとバイオマスと都市鉱山を資源として生きていく、それは論理的にも技術的にも可能です。世界各国が循環経済を徹底し、資源の自給自足国を目指す、そういう時代が必ずやってきます。
ここでおそらく最も劇的な変化を求められるのが、日本です。日本はこれまで、地下資源が乏しいので海外から輸入し、自動車や家電などに加工して付加価値を高め、それを輸出することで経済を発展させてきました。資源循環を前提とする時代に今までの日本モデルが通用するはずがない。だから急いで新しいモデルに移行しなければならないのに、局所最適に陥っているから、変革がスピーディーに進まない。そう考えると、さまざまな分野のステークホルダーに働きかけて、複数のポイントを同時に押すような取り組みが絶対に必要です。
私はそうした取り組みを具体的に進めるため、プラチナ構想ネットワークの活動として、「産業イニシアティブ」を立ち上げています。これは、個々の取り組みを“群”として束ね、産業として成長させるためのプラットフォームです。
また昨年は、「プラチナ森林産業イニシアティブ」を立ち上げました。これから環境・エネルギーや観光・文化、人財など、複数の産業イニシアティブを立ち上げ、相乗効果を生み出し、プラチナ社会の実現につなげていきたい。そのためには、多くのポイントを同時に押すことが必要で、それは上野山さん流に言うと「多数のステークホルダー間のコミュニケーション問題」ですよね。そのためにもAIを使っていきましょう。松尾さんもぜひAI研究にとどまらず、日本の未来を導くためにどんどん挑戦してください。われわれも、そのような活動に果敢に取り組んでいきたいと思います。
●関連ページ
※この対談は、『フロネシス24号 未来社会への新胎動』(東洋経済新報社刊)