「AI使いこなす」ために日本に足りない視点・前編 「AIがすべてこなす部署」立ち上げのススメ

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小宮山 宏(こみやま・ひろし)氏と東京大学大学院工学系研究科 教授 松尾 豊(まつお・ゆたか)氏
写真左/松尾豊氏(東京大学大学院教授)写真右/小宮山宏氏(三菱総合研究所理事長)
昨今話題の生成AIをはじめ、人工知能(AI)の進化はますます加速している。AIが人類社会にもたらす本質的な変化とは何か。AIは課題解決にどこまで貢献することができるのか。本格的なAI時代を迎えるにあたり、日本に足りないものは何なのか。AI研究の専門家である東京大学大学院教授の松尾豊氏と三菱総合研究所理事長の小宮山宏氏が、AIと人類が導く未来社会について語り合った。

大規模言語モデルの本質は「情報の変換」

小宮山 生成AIの登場以降、産業界も政界も学界もその話題でもちきりです。2023年4月と5月にそれぞれアメリカと欧州で行われた科学技術系の国際会議に出席してきましたが、アメリカでは議題の7割、欧州でも約半分を生成AIが占めていたほどでした。ここ数年はつねに脱炭素や資源問題、生態系などを含めた「地球環境」が主要テーマになっていたのですが、2023年はそれに匹敵するぐらいの比重と熱量で生成AIについて活発な議論が交わされました。世界のリーダーたちの関心は極めて強いと感じます。

小宮山 宏(こみやま・ひろし)氏
小宮山 宏(こみやま・ひろし)
1972年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了後、同大学工学部長等を経て、2005年4月に第28代東京大学総長に就任。2009年3月に総長退任後、同年4月に三菱総合研究所理事長に就任。2010年8月には、サステイナブルで希望ある未来社会を築くため、生活や社会の質を求める「プラチナ社会」の実現に向けたイノベーション促進に取り組む「プラチナ構想ネットワーク」を設立し、会長に就任(2022年1月に一般社団法人化)。著書に『新ビジョン2050』(日経BP)、『「課題先進国」日本』(中央公論新社)、『日本「再創造」』(東洋経済新報社)、など多数。また2020年瑞宝大綬章を受章。2017年にドバイ知識賞、2016年財界賞特別賞など受賞多数。

松尾 われわれ研究者も、生成AIや大規模言語モデルは極めて可能性のあるテクノロジーだと考えています。昨今注目を浴びている生成AIは、チャット形式で、あたかも人間が語っているような自然な文章を操る点が特徴的ですが、それは成果のごく一部にすぎず、もっと幅広い活用が可能です。こういう技術が産業活動や日常生活のさまざまな場面に入っていくことで、今後の社会を大きく変えていくのだろうと想像しています。コロナ禍の閉塞感から世界がようやく脱しようとしていたタイミングで、テクノロジーの進化の速さを感じさせる生成AIが登場したのも象徴的かもしれません。世界全体が次なるモードに移行したというか、新しい時代に突入したのは間違いないと思います。

一方で、人工知能(AI)の進化を懸念する声も根強い。最近、内閣府のAI戦略会議の座長に就任したのですが、バランスを取ることの重要性をよく感じます。AIの発達で雇用を奪われる人がいるかもしれない。個人情報や知的財産に関するリスクや懸念材料もある。ただAIを推進するだけでなく、負の側面にもしっかり対応する必要があります。 

ただ率直に言えば、日本はまだ「AI」という名の車が走っていない段階で、アクセルを踏む前にブレーキの話ばかりをしているような印象があります。動かない車のブレーキを踏んでも仕方がない。まずアクセルを踏んで、しっかりと走らせることが先決です。動き始めたらブレーキの適切な踏み方も考えましょうと、私はそんなイメージで捉えています。

小宮山 先ほどの国際会議での議論を見ていると、アメリカは「AIをいかに活用すべきか」と非常に前向きに捉えています。欧州諸国はやや慎重で、AIに対する規制についての議論は多いものの、前提にあるのはあくまでAIを上手に活用していこうという考え方です。それに比べると、日本はそもそもAIを使っている人や企業の絶対数がまだまだ少ないのではないでしょうか。AIの影響を警戒するのもわかりますが、まずはちゃんと使ってみて、そこから議論や判断をすべきでしょう。

松尾 おっしゃるとおりですね。現時点の生成AIの技術でも、社会課題解決につながるようなサービスを次々と生み出すことができるはずで、ぜひそのことも知っていただきたい。例えば私の研究室では、香川県三豊市と共同で、2023年6月から生成AIを活用した「ゴミ出し案内」の実証実験を行いました。

ごみを出すとき、分別に悩むことはよくありますよね。そんなとき、例えば「ビニール傘の捨て方は?」などとチャット形式で問いかけると、答えてくれるというサービスです。それだけのささやかな機能ではありますが、市民にとっては手軽で便利ですし、ごみの正しい分別につながるので、資源リサイクルにも貢献できます。基本的には、自治体が作成しているごみの出し方についてのPDFファイルをAIに読み込ませるだけでよいので、開発もそれほど難しくありません。

しかも、生成AIベースなので自動的に多言語に対応でき、英語でも中国語でもベトナム語でも、正しい分別の仕方を教えてくれます。地方には、製造業などで働く外国人労働者の方々がたくさん暮らしています。日本のごみの分別は結構複雑なので、外国の方にはわかりにくく、うまくごみを出せないと地域住民とのトラブルにもつながりかねない。この「ゴミ出し案内」サービスを使えば、そういう摩擦も減らしてくれるはずです。

小宮山 まさに地域課題の解決につながるようなすばらしいサービスですね。そういうチャレンジを日本でもどんどんやったらいい。

松尾 私は、生成AIに代表される大規模言語モデルの機能の本質は「情報の変換」だと思っています。「質問」から「回答」へ、「日本語」から「他言語」へ、「人間の言語」から「プログラミング言語」へ、すべて情報の変換の一種と捉えられます。

東京大学大学院工学系研究科 教授 松尾 豊(まつお・ゆたか)氏
東京大学大学院工学系研究科 教授
松尾 豊(まつお・ゆたか)
1975年生まれ。1997年東京大学工学部電子情報工学科卒業。2002年博士(工学)。2019年から現職。専門は人工知能、ディープラーニング。日本ディープラーニング協会理事長、ソフトバンクグループ社外取締役、人工知能学会理事、情報処理学会理事、内閣府「AI戦略会議」座長、新しい資本主義実現会議有識者構成員などを務める。

そもそも企業や組織が行っている活動も、そのほとんどは情報の変換だと言ってもいい。一人ひとりの頭の中にあったアイデアが、企画書や設計図という形で集約され、それが新製品として具現化していくというように、組織内の情報変換の連鎖が、組織全体の仕事になっていくわけです。組織内でどんな情報変換が行われているかを明確化し、どれを生成AIで代替できるかを検証していけば、今よりもはるかに広範にデジタルトランスフォーメーション(DX)が進んでいくはずです。

小宮山 なるほど。情報変換が本質だとすると、われわれ三菱総合研究所(MRI)のようなシンクタンクの業務は最もAIに代替されやすいかもしれません。

もちろん、だからといってAI活用を躊躇すべきではないでしょう。むしろ積極的に取り入れて、この業界のイノベーションを自ら主導していかなくてはならない。われわれが推進するシンクタンクDX®のゴールとして、「当社事業の破壊的イノベーション」を目指しているのもそのためです。

松尾 それは大切な姿勢だと思います。私が企業経営者の方によく言っているのは、例えば「第2MRI(三菱総合研究所)」というような部門を立ち上げて、そこで本業すべてをAIにやらせてみてほしいということです。「第2」と掲げることで、本業のサブというか、補佐的な事業部のような印象を与えますが、実際に始めてみると、実は人間の仕事ぶりよりも「第2」のほうが優秀で、次々と成果を上げるようになるかもしれない。

小宮山 なるほど。面白いですね。

松尾 そうなるといや応なく、人間が担当している本業のほうを変革せざるをえない。小宮山先生もおっしゃるとおり、そんなふうにしてあらゆる業種の日本企業が、AIを起点に破壊的イノベーションに挑戦していくべきだろうと思います。

世代を超越した教育環境の実現も重要

小宮山 これからAIを起点にイノベーションを生み出そうというとき、少し懸念しているのが対応言語の問題です。

昨今話題の生成AIを使うと、英語で質問したときのほうが回答の精度が高いと感じます。英語ベースでの大規模言語モデルの開発がかなり先行していて、それを中国が追いかけている状況でしょう。では日本はどうすべきなのか。英語力を高めて生成AIに英語で質問すればそれでいい、という問題ではない。日本国内の情報のほとんどは当然日本語で書かれています。それを最大限に活用するには日本語をベースとした大規模言語モデル開発の必要があると思いますが、いかがですか。

松尾 そうですね。ただ、政府が国家プロジェクトとして日本版をつくればいいかというと、やや疑問が残ります。おそらく望ましいのは、国家予算を投じて国内での計算機のリソース購入を支援していくことです。現状ではとくにGPUがまったく足りていません。すでに経済産業省が国内でのGPUのデータセンターづくりをかなり補助してくれていますが、仮に日本全体のGPUが10倍になったとしても、アメリカのAIベンチャー1社分にすらかなわない。圧倒的なリソースの物量差を埋めるのが優先で、次に民間各社がさまざまな形で日本語を重視した大規模言語モデルを開発していくのがよい流れだと思っています。(後編に続く)

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※この対談は、『フロネシス24号 未来社会への新胎動』(東洋経済新報社刊)に収録したものを再構成したものです。