半導体産業復活のカギは「人手不足」解消にあり 優れた人材は「地域の成熟産業」に隠れている
半導体産業復活に立ちはだかる壁は「現場人材」確保の難しさ
かつて世界を席巻した日本の半導体産業。1980年代後半には世界シェアの過半を占めるほどの隆盛を極めたが、2010年代以降、その国際的地位は大きく後退した。
そんな日本の半導体産業の復活に向けた取り組みが、官民を挙げて活発化している。世界的なDX(デジタルトランスフォーメーション)の進展により、半導体需要が高まったことが大きな要因だ。2022年夏には次世代半導体の国産化を目指し、自動車や電機、通信など国内の大手8社が出資する新会社が発足し、大きな話題を集めた。
日本の半導体産業復活を目指すうえでの最大の課題は人材、とくに「現場人材」の確保である。ここでの現場人材には生産技術者や製造工程従事者、さらにはメンテナンス技術者なども含む。近年、半導体産業のグローバルプレーヤーによる日本への投資が活性化していることを受けて、経済産業省や国内外の半導体事業者の主導で、各地に「半導体コンソーシアム」と呼ばれる共同事業体が相次いで設立されており、人材確保策の検討もなされている。
「研究開発職などの高度人材に対する不足感は強く、半導体産業の将来的な競争力の向上のためにも、その確保・育成は重要です。ただその一方で、各半導体コンソ立地地域での人材需要に関する調査からは、高度人材の不足もさることながら、オペレーターや生産技術職といった『現場人材』の不足感も無視できない状況にあることがわかります。現場人材へのニーズが高いのは、現在誘致が進み、投資が活性化している半導体事業所の多くがファウンドリーと呼ばれる、半導体の設計よりも製造に特化した業態であり、製造工程での人材需要のボリュームが大きいことが背景にあると考えられます。今後は高度人材だけでなく、現場人材の確保も重視されるべきでしょう」(MRI研究員)
人材を「リスキリング」して労働移動を促す仕組みをつくる
では、そうした現場人材をできるだけ速やかに確保するにはどうしたらいいのか。一般に産業構造の転換期には、成熟産業から成長産業へと労働移動が起こる。終身雇用が定着している日本ではこの労働移動は進みにくく、成長産業の人材確保は主に新卒採用に頼ってきた。しかし現在は労働力人口の減少が進んでおり、新卒者を中心に必要な人材を確保しようとしても、もはや限界があるのは明らかだ。労働力率や失業率から見ても、日本で働ける人の大半が現在、何らかの職に就いている状況にある。
「そこで有効な案として考えられるのが、他産業や他職種で働いている人材に対して『リスキリング』の機会を提供したうえで、半導体産業への移行を促すことです。リスキリングとは、新たな業務で必要になる知識やスキルを習得することを意味します。これにより新卒を育成するよりも短期間で、半導体産業の現場人材の確保や育成ができるはずです」(同)
加えて重要なのは、リスキリングや労働移動を「地域単位」で実践することである。なぜなら、半導体に限らず多くの製造業において、産業集積が地域単位でなされてきたためだ。特定領域の産業が高い生産性や競争力を獲得するためには、関連する企業と働き手を同じ地域に集積することが有利に働く。実際、日本においても、全国各地に素材、部品、産業機械、物流などの企業が集積した地域が存在しており、多数の優れた人材が活躍している。
「他産業で働いている人材に半導体産業への移動を促す場合、転居を伴うような生活拠点の移動を強いるとなれば、本人にとっては大問題です。物理的に遠く離れた地域よりも、できる限り同じ地域内での労働移動のほうが望ましいでしょう。リスキリングを進めるうえでも、地域での生活基盤を重視することが重要だと考えられます。われわれMRIが、地域単位で人材の活躍を促す『地域版人的資本経営』を提言しているのもそのためです」(同)
「人材ニーズ」「人材シーズ」「教育リソース」3つの可視化
このような地域単位での労働移動・リスキリングを実践していくうえでは、「人材ニーズ」「人材シーズ」「教育リソース」の3つの可視化が欠かせない。そもそもリスキリングとは、人材ニーズ(今後必要とされる人材像)と人材シーズ(現状の人材の実態)を明らかにして、足りないスキルを教育によって埋めていく活動である。まずはその地域の半導体企業ではどんな人材を求めているのか、またそのニーズを満たせそうな人材はその地域の製造業の中にどれぐらいいるのかを明確にして、地域全体で共有していく必要がある。
「そこでMRIでは、職業に関する情報を集めたオンライン総合データベースである米国の『O*NET』などを中心とした取り組みを参考として、職業ごとに求められるタスク(職務)やスキルを細かく定義し、産業や職種が異なっても共通するスキルの有無を把握できるツールを開発しています。このツールを用いれば、半導体産業側で必要となる人材要件を明確化できますし、地域の他産業・他職種で働く人々のうち、半導体産業で応用可能なスキル・経験を持つ人材を推計することもできます。われわれはこれを通じて、地域における『人材ニーズ』と『人材シーズ』の可視化に貢献したいと考えています」(同)
人材ニーズと人材シーズが可視化され、不足スキルも明らかになれば、どのような内容の教育プログラムをどの程度の分量で整備していく必要があるのかを具体化できるようにもなる。
「具体的には、地域の職業訓練校、専修学校、高等専門学校、大学などのほか、人材事業者が設ける能力開発機関がこの役割を担っていくことができると期待しています。『若年人口の減少』という課題に直面する多くの教育機関にとって、地域産業のリスキリングニーズに応えていくことは、新たな成長機会にもつながると考えています」(同)
地域の未来を見据えたリーダーシップが不可欠
もちろん「リスキリングを経て、成熟産業から成長産業への労働移動を促す」とは言っても、実現するのは簡単ではない。自分のスキルを半導体市場で生かせるとしても、現在働いている職場からすぐさま去ろうとする人は決して多くはないだろう。
ただ成熟産業の中には、市場縮小や経営陣の高齢化などもあって、やむなく事業から撤退したり、工場を手放したりする企業が少なくない。そうした中で職場を失った、あるいは失う可能性のある人材に対し、新たな活躍の場を半導体業界が提供していくことは十分可能であり、地域産業にとっても極めて有意義であるはずだ。
「この意味でも『地域』という枠組みで労働移動を考えることは重要です。先ほども触れたように、個々の会社単位で採用活動やリスキリングに力を入れるだけでは人材を確保しにくい。そこで、まず『地域産業の未来を切り拓く』という大きな目標を地域全体で共有する。そのうえで、地域単位で人材の需要と供給の調整を図っていく発想が必要だと考えています」(同)
実際、半導体コンソーシアムが設立された中国地域では、人材が余剰に転じる地域・産業(瀬戸内工業地域における製鉄会社の大規模事業所撤退)も見られる。撤退した事業所や関連産業には、半導体産業で活躍するための適性を備える人材、あるいは一定のトレーニングによって必要スキルを獲得できるような有望な人材が多数働いている可能性がある。そうした人材が今まさに成長が見込まれる産業に労働移動することは、本人にとってもキャリアアップや処遇の向上などのメリットがあるはずだ。
ここまで見てきたように、半導体産業の人材不足問題は個社での対応には限界があり、地域を巻き込んで業界横断的に取り組むことが必須だといえる。
「地域単位での労働移動とリスキリングを成功に導くには、地域の未来を見据えたリーダーシップが発揮できるかがカギになると考えています。われわれMRIが、地域の行政、労働界、産業界、教育界の連携を促し、人材需要の可視化や労働移動支援などを一体的に進めていく『地域版 CHRO(最高人事責任者)』機能の必要性を提言しているのもそのためです。もちろん誰か一人にこの役割を任せるのではなく、地域の公労使のリーダーたちの力を集約していただくことで、『地域版CHRO』の実装に自ら取り組むことを目指すMRIとしても、その実践をぜひ支えていきたいと考えています」(同)
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