制度の「本丸」は、資産への累進課税?
国民一人ひとりにそれぞれ異なる12ケタの個人番号が付与され、社会保障・税・災害対策の行政事務に使われるマイナンバー制度。送付される「通知カード」と引き換えに、マイナンバー、氏名、顔写真などが記載された「個人番号カード」を自治体窓口で受け取ることになる。利用開始は2016年1月からだ。
なぜこのような制度が導入されることになったのか。民主党政権からマイナンバー制度の検討会に参加し、現在も政府調査会の委員などを務めている東京大学大学院の須藤修教授は、次のように解説する。
「複数の機関にまたがる個人の情報を名寄せすることで、所得や社会保障費の負担などを正確に把握できるようになり、行政手続きが簡略化できます。災害時でもレセプトデータに基づいて薬歴や病歴などを把握でき、病院や避難所などで迅速かつ適切な対応が取れるようになります」
利用・管理に関しては、18年1月に開設予定の「マイポータル」というウェブサイトを通すことで容易になる見込みだ。たとえば、転居時に発生していた、市区町村への「転出届け」「転入届け」、水道・電気・ガスなどの公共料金の変更届けなども、このマイポータルをウェブ上で操作することで、一斉通知が可能になるかもしれない。
制度開始時には、マイナンバーの利用範囲は社会保障・税・災害対策という公的な分野に限られるが、いずれは民間でも活用できるようになるのが確実視されている。その一つが預金口座への適用だ。
というのも3月の閣議決定により、18年から任意で預金者に銀行への登録を呼びかけることが決まっているのだ。これには、「政府が個人の金融資産を容易に捕捉できてしまう」との批判があるが、一方で格差是正につながる可能性もあるという。
「高齢化が加速する中、将来的には消費税を30%ぐらいにしないと現在の社会保障は維持できません。しかし消費税は高所得者にも低所得者にも一律にかかるため、逆進性があり、格差がますます広がりかねない。しかし、マイナンバー制度を利用して資産を把握すれば、所得ではなく資産を基準にした累進課税も可能になります」(須藤教授)
昨今話題になっている資産への課税が、理論上は実践できるようになるというわけだ。
故意と認められれば懲役刑もありうる
喫緊の問題は、個人の対応よりも、従業員を抱える企業の対応だ。16年の1月から、企業は従業員への給与や株主への配当などを支払う時には、法定調書に個々人のマイナンバーを明記して手続きを行わなければならない。第一の関門は、16年分の源泉徴収票だろう。従業員とその扶養家族のマイナンバーを記す必要があるのだ。
この負荷はとてつもなく大きい。
集めたマイナンバーは、利用や保管、廃棄に至るまで厳格な管理が求められるからだ。この点について、『マイナンバー制度 法的リスク対策と特定個人情報取扱規程』(日本法令)を著した渡邉雅之弁護士は、次のように警鐘を鳴らす。
「マイナンバー制度を従来の個人情報保護法と同じレベルで考えていたら大きな誤りです。個人情報保護法の場合、たとえば社員が子会社に転籍した時に本人が同意すれば、その社員の個人情報を転籍先に提供することができます。しかしマイナンバーの場合、たとえ本人が同意していても、他の会社にマイナンバーを提供することは違法になります」
故意にマイナンバーを漏らしたら、懲役4年以下、もしくは罰金200万円以下の刑事罰を科されるリスクがある。個人はもちろん、企業自体が刑事責任を問われる場合もあり得るという。
たとえば、派遣社員が派遣先企業から意図的にマイナンバーを収集、漏洩させた場合にはどうなるか。
「これは派遣社員や派遣元はもちろんですが、派遣先の会社も法的な責任を問われる可能性もあります」(渡邉弁護士)
マイナンバーを漏洩すれば、その企業はたちどころに社会的信頼を失う可能性があるのだ。
残された時間はわずかでも何からやれば?
これだけ日本全国に大きな変革が起きるというのに、国民も企業も関心が高いとは決して言えない。内閣府が実施した2月の世論調査の結果では「内容まで知っていた」と答えたのは全体のわずか28・3%。企業の動きも遅いために、3月には経済産業省が民間企業の対応を呼びかけるとともに周知徹底を図るほどだ。
だが、誰もが手探りで作業を進めているような状態で、何から手をつけたらいいのかさえわからないという企業も多いのが実情だ。
「まずは必要な事務作業の洗い出しから始めるといいでしょう。大勢の従業員がいれば、通知カードを紛失する従業員がきっと出ます。ですから、まずは『通知カードは絶対なくすな』と周知する必要があるでしょう。そういう教育も含めてどういう作業をすればいいのか、細かく確認する必要があります」(渡邉弁護士)
国民の番号制は何らかの形で多くの先進国が導入済みだ。しかし人口や企業数などから言って、日本のマイナンバー制度は「世界最大規模になる」(須藤教授)という。
空前の規模の壮大な制度のスタートまで、すでにカウントダウンは始まっている。企業は否が応でも対応せざるをえない。ならば、今すぐにでも準備に着手し、リスクを極小化しておくことが求められる。
さらに言えば、マイナンバーが民間分野でも活用できるようになるのは前述のとおり。その時は「個人情報を匿名化したうえで、ビッグデータとして分析してマーケティングや事業戦略に活用することも想定されています」(須藤教授)。そのためには企業も早くからマイナンバー制度に対応し、知見を積み重ねておいたほうが得策だ。
リスクだと思っていたマイナンバー制度に対応するうちにノウハウが蓄積され、それがいつかはチャンスを生み出すかもしれないからだ。
