無形資産「志本」を基軸に30年先の未来を描け 日本的な価値観を起点に構想するDX戦略

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京都先端科学大学教授、一橋ビジネススクール客員教授 名和高司 氏
世界が金融資本主義やリニアエコノミー(直線型経済)の限界に直面している今、企業経営の足元は大きく揺らいでいる。生き残りを懸けて自己変革を急ぐ企業は少なくないだろう。名だたる企業の経営アドバイザーを務めてきた、一橋ビジネススクールの名和高司客員教授は、この新潮流のうねりの一端をひもとき、持続的成長の道筋を照らす「『志(パーパス)』基軸の経営」の重要性を指摘した。

「中期経営計画病」のわな

――なぜ今、日本企業は自己変革が求められているのでしょうか。

名和 コロナ禍で数年先の経営が計画どおりに進まないことが明確になりました。世界的にキャピタリズムの限界も叫ばれている中で、足元の為替やサプライチェーン混乱の解消に目を配るだけでは不十分。中期経営計画における予想は当たらない時代です。こうした不確実性の高い時代でも日本企業が生き残るためには、超長期と超短期の視点を兼ね備えた「遠近複眼思考」による自己変革が必須です。日本企業には、前提や事象から結論を導く帰納法的思考が根付いており、課題先行型の経営になりがちです。課題を踏まえて未来を構想することは得意ですが、理想を描く力が乏しいと思います。だから「中期経営計画」は作れるが、30年後を描けない。本来はもっと自律的に、自分たちがつくりたい未来を志すべきです。

京都先端科学大学教授、一橋ビジネススクール客員教授 名和高司 氏
京都先端科学大学教授、
一橋ビジネススクール客員教授
名和 高司氏
東京大学法学部卒、ハーバード・ビジネススクールにてMBA取得。三菱商事を経て、2010年までマッキンゼーのディレクターとして、次世代成長戦略、全社構造改革などに幅広く携わる。10年より現職。近著に『稲盛と永守』(日本経済新聞出版)、『企業変革の教科書』『パーパス経営』(ともに東洋経済新報社)

――変革を実現するにはどうすればいいでしょうか。

名和 まずは超長期の視点を持ち、遠くの未来を構想することが重要です。そもそも今、多くの企業において、内部環境変化の1つとして「資産シフト」が起きています。モノやカネのような有形資産から、ブランドや知識・知恵、ネットワーク、そして人財などの無形資産が新しい価値を生む資産として非常に重要になってきました。そうした中では、きれい事や独善ではなく、人々の共感を呼び、構想力に裏付けされたパーパスを実現する必要があります。つまり「どうなりたいか」を描いていくことこそが超長期の志(目標)となります。これを私は「北極星」と呼んでいます。

――具体的には?

名和 私はパーパスを「志」という大和言葉に読み替えて「志本経営」と名付けています。志本経営のカギは、志に基づく顧客資産、人的資産、組織資産などの無形資産を蓄積していくことです。志の基本要件は「ワクワク」「ならでは」「できる!」という3つ。社員や顧客の志に火をつけるためには、みんなが思わず心を躍らせ、その企業でしか実現できない未来を目指すことが求められます。そのためには、帰納法的思考の呪縛を解き、社員一人ひとりが志を自分事化する必要があります。

DXの成功方程式に不可欠な3つの「P」と得意技の融合

――日本企業ならではの「志」の強みはあるのでしょうか。

名和 明治維新や昭和の企業文化を見直すと、志の強みは十分に発揮されていました。昔の日本企業には、自分の利と他人の利を好循環させる事業精神が長らく息づいてきたんです。しかし欧米流の経営戦略を表層的に後追いした結果、平成の「失われた30年」を引き起こしました。グローバルスタンダード病とも言えます。しかし、日本企業の優れた文化やDNAには、学習能力の高さやそれを継承する高度な技術、いわゆる「たくみ」があります。これを守り、育てることで、世界で優位性を発揮できるに違いありません。

――しかし、「たくみ」を育てるには時間や労力がかかるのではないでしょうか。

名和 そこでDXが必要なんです。得意の学習(たくみ)を仕組み化することで指数関数的成長が可能になります。デジタル技術はどんな異質なものも0と1に還元するシステムです。だからこそ、「たくみ」をつなぐツールとなりうる。それを理解して、自社と他社の差異を踏まえて各社の得意分野を融合させる「Arbitrage(アービトラージ)」の観点を持つことが必要です。Arbitrageは、1.0(コスト最適化)→2.0(スキル最適化)→3.0(異結合)の順番で進めます。1.0はデジタルを使い倒すDXの準備のようなフェーズで、私が見る限り、すでに実践している日本企業も多いです。2.0は他社と自社の得意技を足し算していくこと。3.0は事業モデルや、ステークホルダー全体のつながりを変革していく得意技の掛け算です。この2つがまだまだできていません。

――2.0以降はどのように実践していけばいいのでしょうか。

名和 そもそもDXの成功方程式に不可欠な項は、3つのP「志(Purpose)」「熱意(Passion)」「未来進行形の能力(Potential)」です。DXの志を明確にすることが出発点になりますが、絵に描いた餅にならないように、必ずやり遂げることこそが重要です。それを実現するための未来進行形の能力は、専門性を塗り替えて、ピボット(方向転換)していく力です。企業同士が徹底した自社分析のうえで持ち味を磨き、それぞれのあらゆる垣根を越えてステークホルダーとして密につながると自社は進化できます。自前主義にこだわると、不確実性の高い現代においては、成長スピードが追いつきません。「規模の経済」は得意な他社に任せながら異質なプレーヤーと組むことで「範囲の経済」を獲得していくことが必要です。

――DXの目的は、企業の自己変革の達成にあるということですね。

名和 デジタル技術の利活用「D」よりも、変革やビジネスモデルの再構築の「X」こそ成長のカギです。そのためには、組織固有の知を集めて活用するためのアルゴリズム化が不可欠です。実際にDXベストプラクティス企業は、知識創造プロセスのアルゴリズム化に成功しています。それでこそスケールとスピードを十分に出し、抜本的な変革に発展させることができるでしょう。経営者には、分析力と構想力それぞれに長けた人財を掛け算するマネジメントも求められますね。

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