ソサエティ5.0時代に対応する産学連携の必要性 産学双方の視点から求められる取り組みとは?

ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小
中央教育審議会会長 渡邊 光一郎 氏
中央教育審議会会長  第一生命ホールディングス会長
日本経済団体連合会副会長 同教育・大学改革推進委員会委員長
渡邉 光一郎
わたなべ・こういちろう/静岡県出身。1976年に東北大学経済学部卒業、第一生命保険相互会社入社、2010年に代表取締役社長に就任。16年より第一生命ホールディングス代表取締役社長、17年に同代表取締役会長、20年より同取締役会長。生命保険協会会長、文部科学省中央教育審議会会長、経団連副会長、などを歴任
日本がさらなる成長を続けるためには人材育成がカギになることは言うまでもない。中央教育審議会会長を務める渡邉光一郎氏(第一生命ホールディングス会長、経団連副会長)に、産学双方の視点から、求められる取り組みを聞いた。

課題を解決するために人材への投資を 

――日本企業の競争力が低下していると指摘する声が増えています。

デジタル革新と多様な人々の想像力や創造力の融合によって、社会課題を解決し価値を創造するソサエティ5.0(超スマート社会)の時代が到来しようとしています。これまで、ソサエティ3.0(工業社会)、ソサエティ4.0(情報社会)と社会は変化してきましたが、日本企業の多くはソサエティ3.0で成功モデルを作ってしまったため、ソサエティ4.0への対応ができませんでした。情報化やグローバル化ではなく、サービス産業化が進んだだけになってしまいました。また、人材は流出し、それに伴って知財も流出させてしまうという現象が起きました。

――働き方改革による生産性向上などに取り組む企業も増えていますが成果は出ているのでしょうか。

労働生産性の分母はインプット(労働投入)、分子はアウトプット(付加価値)です。本来は分子の最大化を目指すべきですが、日本企業の多くは業務改善・労働時間削減など、分母の削減に取り組みがちです。そうなると、従業員をリストラしたり、非正規化したりといった施策になります。

日本では上がらない賃金が話題になっています。日本の賃金水準はシンガポールなどにも抜かれ、アジア圏と同列になっています。分母対策はもう限界にきています。

経団連では従業員のエンゲージメント向上がアウトプット最大化に必要だと考えています。ソサエティ5.0時代に向けた、産業構造の転換を見据えた働き方、人材育成が必要です。

――課題も多いと思われます。具体的にはどのような点が重要でしょうか。

食料自給率やエネルギー自給率の低さ、宇宙開発・サイバー対策の遅れ、留学・観光(インバウンド)の低迷、DX(デジタルトランスフォーメーション)実装の遅れ・DX人材不足など、課題が明確になっているわけですから、そこでどう対応するかが重要です。

経団連では「サステイナブル(持続可能)な資本主義」を掲げています。株主配当などを重視する従来の行きすぎた資本主義を見直し、人、科学技術・イノベーション、スタートアップ、グリーン・デジタルへの投資などを推進すべきです。

初等中等教育から意識の変革が必要

――人材育成という点では、大学教育の果たす役割も大きいですね。

2019年、経団連と国公私立大学が対話をする枠組みとして「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」(以下、産学協議会)が発足しました。私もいくつかの大学のトップと話をしましたが、新たな発見も多かったのです。というのは、大学の研究室には私たちが知らなかったシーズ(種)がたくさんあります。さらに、いわゆる国研と呼ばれる国の研究機関のレベルも高い。ところがこれらが社会実装に向かっていない。なぜなら、それぞれの組織が縦型で動いているからです。大切なのはこれらを横型のエコシステムにすることです。

――ソサエティ5.0に求められるのはどのような人材でしょうか。

キーワードでいえば「STEAM」です。科学、技術、工学、数学に、さらに芸術・文化などのAを加えたもので、リベラルアーツともいえます。そうなってくると、大学教育というよりも、初等中等教育の段階から、文理の枠を超えたカリキュラムマネジメントを行っていく必要があります。

――日本の高等学校では、比較的早い段階から、文系・理系とコースを分けて大学入試に対応するための授業や進路指導をする傾向があります。

懸念されるのはそれによりジェンダーの偏りが生じることです。義務教育終了段階では比較的高い理数リテラシーを持つ子どもが約4割いるにもかかわらず、高校で2割に半減し、大学、修士・博士と先細っていきます。諸外国に比較して明らかに理学・工学・農学系の比率が低いのです。とくに女子の理系離れは深刻です。理数リテラシーを持つ女子も多いはずですが、世間には「女子は文系でいい」といったアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)が存在しています。これでは女性の理工系人材不足の問題はなかなか解決しません。

――日本では博士号取得者も少なく、さらに減少傾向が続いています。

欧米の企業では経営者自身が博士号取得者というところも珍しくありません。ところが日本では大学に残る人が多いのです。ただし今後、グローバル化が進むとジョブ型雇用に向かっていかざるをえなくなるでしょう。専門性を生かしながら、企業の課題に貢献できる人材の活躍の場が広がると考えています。

企業は積極的に大学にアプローチをすべき

――グローバル人材の育成には、外国人留学生の受け入れや日本人の海外留学などの機会も大切です。

コロナ禍でいずれも大幅に停滞し、とくに日本人学生の留学は著しく減少しました。今は、ゼロスタートともいえる厳しい状況ですが、文部科学省が官民協働で留学を支援する「トビタテ!留学JAPAN」事業も第2ステージが始まります。同事業は民間企業の寄付を通じて意欲ある学生の留学支援を行うものです。

――日本の将来を担う人材育成という点でも、産学のさらなる連携が大切になりそうです。

これまで、大学と企業との連携というと、研究室単位のものがほとんどでした。今後はリカレント教育(社会人の学び直し)なども含めた、「組織対組織」による、企業と大学の包括的な連携も増えると思います。企業側ももっと大学に積極的にアプローチしてほしいですね。そこから新しいイノベーションが必ず生まれるはずです。