「ホワイト企業」の新条件は「休み時間」の確保 「勤務間インターバル」導入が企業価値向上に
重要なのは十分な睡眠時間とストレス抑制
――働き方への考えが見直される中、「勤務間インターバル」制度を導入することで、企業や労働者はどのようなメリットがあるのでしょうか。
大久保 労働力が多様化している現在では、労働人口の約4割がパートタイマーなどの決められた時間内で働く、非正規雇用労働者といわれています。従来の労働組合の取り組みは、どちらかと言えば労働時間短縮(時短)に重点を置いていましたが、日本労働組合総連合会(以下、連合)は2018年に確認した方針で、「豊かな生活時間」と「あるべき労働時間」の両立を追求する方向に切り替えました。その実現のための1つのツールとして、「勤務間インターバル」制度はとても有効だと考えています。
高橋 長年、「勤務間インターバル」に関する研究を行う中で、主に、「睡眠時間」「ストレス」「血圧」との関係性に注目してきました。勤務間のインターバルが長いほど睡眠時間も長く、快眠できたという人が多い。同様に、インターバルが長く、また睡眠時間が長い人ほどストレスの感じ方も弱くなります。さらに、インターバルを十分確保できている人の血圧は、インターバルが少ない人よりも低い傾向が見られました。これらの結果から、従業員の健康維持と生産性向上を両立させるためには、労働時間だけでなく、働いていない時間も重視しなければならないことがわかります。
大久保 「勤務間インターバル」制度の導入は、従業員の労働時間に対する意識を高めるきっかけにもなるでしょう。従業員は時間内でメリハリをつけて仕事を終わらせようとするので、結果として時間当たりの生産性向上が期待でき、企業にもメリットをもたらします。日本企業は長年、長時間労働をすれば上がってしまう“従業員1人当たり”の生産性を重視してきましたが、過度な長時間労働は労働者の健康を害するリスクを高め、労働の質を落としかねません。これからは、従業員の健康にも配慮した“労働時間当たり”の生産性を第一に考えていくことが重要です。令和4年の「就労条件総合調査」では、「制度導入予定はなく、検討もしていない」企業が8割を超えていました。勤務間インターバル制度は、生産性という観点から労使双方にメリットがある点を企業のトップや人事担当者に理解してもらう必要があります。
高橋 現在、多くの企業が人材不足に悩んでいます。若年労働者は企業の労働環境を敏感に察知し、少しでも“ブラック色”が見えると、その企業は敬遠されてしまいます。企業利益を生み出すのは従業員です。彼らを企業がどうバックアップするのか、優秀な人材を獲得するためにはどうすればよいのか、といった観点からも「勤務間インターバル」制度の導入は、有効な手段だと考えられます。実際に、導入企業の多くでは、人材の確保・定着に成功しています。
実は、中小企業こそ導入しやすい
――シフト勤務や小規模事業など、勤務間インターバル制度の導入が難しいケースもあると考えられますが……。
高橋 日本のおよそ3分の1の労働者が従事するシフト枠のある業種※は、短いインターバルが繰り返される可能性が高く、疲労も蓄積されやすい。私はそんな業種こそ、しっかりインターバル休息を取る必要があると思います。シフト勤務メインの企業でも「勤務間インターバル」制度の導入は可能です。例えば、「働き方・休み方改善ポータルサイト」に掲載されている北海道にある従業員8名の介護施設では、早番、日勤、遅番がある中で、従業員の負担が偏らないように、定期的な業務改善会議の開催、勤怠管理のダブルチェックなど、インターバル時間の確保を優先した勤務シフトを作成。業務内容も明確なため、介護学校の実習生からも「働きやすい」と好評だったそうです。
大久保 「勤務間インターバル」の重要性は理解しているものの、顧客への対応力低下を懸念して導入に踏み切れない企業も多いでしょう。そんな中でもスムーズに「勤務間インターバル」制度を導入できた企業の多くは、顧客対応を担当営業任せにするのではなく、経営者層が同行して説明するなど、経営層トップがインターバル休息の重要性を十分に理解し、行動を起こしているのです。
高橋 こうした制度は、中小企業こそ導入しやすいと考えています。中間管理職層が多い大企業と異なり、その場で決裁が出ることも多く、経営者が本気で取り組めば、スピーディーな改革を実現できるのではないでしょうか。
大久保 導入に際しては、最初から完璧を目指す必要はありません。連合に寄せられた事例の中にも、「勤務間インターバル」制度を一旦導入した後で、インターバル時間を長くするよう見直すケースも多数見られました。最初は「運用」で導入し、社内で定着した後に制度を拡充するほか、労使協約を締結して企業の公式な制度に採用する動きも見られます。まずは導入してみて「時間当たりの生産性」の向上を確認できたら、次のステップに進めばよいと思います。
テレワークでは“つながらない権利”の考慮も
――新型コロナウイルス感染症の拡大によって、テレワークを実施する企業も増えましたが、テレワークにおいても「勤務間インターバル」制度は適用できるのでしょうか。
大久保 急速なテレワークの普及に伴い、連合では2020年9月に「テレワーク導入に向けた労働組合の取り組み方針」を確認しました。強調したのは、まず、テレワークであっても労働時間制度を含む労働基準法など、労働関係法令は全面的に適用されるということ。次に、労働時間管理は企業が責任を持って行うこと、導入後運用にあたっては社内の動向や政府のガイドライン見直し等に応じて適宜・適切に労使協議で必要な改善を行うことです。この「方針」においても“つながらない権利”の確保、すなわち仕事をしていない時間の電話やメールは極力避けることの重要性を強調しています。テレワークを行う際には、これらを配慮したルール作りを推進しています。一方、テレワークのタイムマネジメントは従業員個人の意識に頼る部分も多い。今までは通勤時間が、労働時間と生活時間を切り替えるスイッチの役割を果たしていましたが、テレワークではそのようなスイッチがありません。そこで、会社や組合が切り替え方を指導する機会を設け、従業員の意識を高めてもよいかもしれません。
高橋 大久保さんがおっしゃるとおり、テレワークの場合は企業側としての努力部分に加えて、時間をどう活用すべきなのかという、労働者によるタイムマネジメントも重要になります。例えば深夜まで仕事をして翌日昼前に起床するような不規則な生活を繰り返すと、メンタルヘルスが不調になるリスクも高まります。仕事が終わらなくても時間を区切り、インターバル休息を取ることが大切です。日光を浴びながら、就業前後20~30分間をウォーキングなどの模擬通勤の時間に充てると、心身ともにリフレッシュできると思います。
大久保 「勤務間インターバル」制度を導入する際には、手順の詳細をわかりやすく紹介している「勤務間インターバル制度導入・運用マニュアル」を参照してください。そして、自分の会社の状況を「ワークシート」に書き込みながら、「今の状況であればここまで取り組める」ということを確認し、無理なく進めていけばいいと思います。
高橋 導入企業の事例では、「勤務間インターバル」制度の導入を検討する前に、企業が抱える課題を提起し、どう改善していくかを考え、フレキシブルな態度で臨んでいるケースが多くみられます。まずトライしてみて、想定外のことが起こればみんなで知恵を絞って解決していく。そういった形で取り組んでほしいですね。最近では、メールの署名欄に“営業時間外はつながらない”旨を記載する人も増えてきました。また、「会社から、この時間からは働かなくていいと言われて、安心して休めるようになった」という声も聞かれます。従業員に休む権利をしっかりと与え、オン・オフともに充実した時間を過ごせる環境を整えることで、若年労働者にとっても魅力的な会社になっていくでしょう。
大久保 政労使の役割の一端を担う連合では、先生方の研究や諸外国で実践されているアイデアを勉強しながら、すべての労働者が生きがい・働きがいを感じられる社会を目指していきます。日本政府はそれを実現するためのさまざまな情報を発信しているので、ぜひアンテナを高くして情報をキャッチし、自社の労働環境改善に向けて積極的に活用してください。
また、令和4年11月29日に、「勤務間インターバル」制度のオンラインセミナーを開催予定。有識者による基調講演や、導入企業の成功事例の紹介、パネルディスカッションなど、「勤務間インターバル」制度の魅力を多角的に解説する。経営者や人事担当者のみならず、労働者全員を対象とした内容なので奮ってご参加を。詳細は、https://www.jmar-llg.jp/interval_r04/