特別対談後編・日本が進むべき「今後30年への道」 プラチナ社会を実現し日本は課題解決先進国へ

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写真左/藤本隆宏氏(早稲田大学研究院教授、東京大学名誉教授、ものづくり改善ネットワーク代表理事) 写真右/小宮山宏氏(三菱総合研究所理事長)
ともに東京大学で教鞭を執った、ものづくり研究の第一人者である早稲田大学研究院教授の藤本隆宏氏と三菱総合研究所理事長の小宮山宏氏が、日本の進むべき未来について語り合った今回の特別対談。前編では、衰退していると言われる日本の製造業が実は「すり合わせ」によって、成長を維持している現状について語った。後半では、その日本の強みである「すり合わせ」を異分野にどう拡張していけるか、未来を支える人づくりはどうあるべきか、などについて活発に意見が交わされた。(前編はこちら)

ものづくり以外の産業や教育にも「すり合わせ」が必要

小宮山ここまでわれわれは、日本のものづくりの本質についていろいろと議論してきました。おそらくその強みは、ほかの産業にも応用が可能なのではないでしょうか。例えば医療、介護、教育、観光といった広義のサービス業です。すり合わせの目的関数を「顧客満足度」に変えれば、サービス業でも同じ強みを発揮できると思うのです。

藤本私もそう思います。産業の経済学・経営学の立場から、私たちが考える「ものづくり」の本質は、「付加価値の流れをつくること」です。付加価値は設計情報に宿りますから、ものづくりとは「よい設計のよい流れ」を生み出し、顧客満足や経済成果を得ることだと言い換えることもできます。そう考えるなら、設計情報を転写する媒体が有形(直接材料)であれば製造業、無形(顧客の経験)であればサービス業ですが、基本は同じで、ものづくり論はサービス業にも応用できます。

「おもてなし」という言葉がありますが、あれは「すり合わせ型のサービス」のことだと私は考えます。私がセンター長を務めていた東京大学ものづくり経営研究センターでも、製造業だけでなく、スーパーや病院、旅館、郵便局などサービス業の現場も調査し、「よい設計のよい流れ」の研究をしてきました。

小宮山日本ならではの「おもてなし」は、世界に勝つポイントとなりそうですね。

藤本まさにそうなんです。例えば、サービス業で顧客が現場に滞在する時間は、旅館なら1~2日、スーパーなら20分程度、病院なら多くは1時間内外ですが、どの業態でも、一流の企業や現場は、接客時間を顧客の大切な人生や商売の一部と捉え、その流れをよくして顧客を勝たせることに集中します。

例えば、一流のスーパーの鮮魚売り場の従業員は、来客一人ひとりがその日の夕食の時間をどのように過ごすのかをイメージして、それぞれにふさわしい食材や調理法を個客ごとに提案しています。日本ではよく見る「おもてなし」の姿ですが、一流のサービス現場では、こうした高度な「よい設計のよい流れ」とその継続改善が実践されています。

藤本 隆宏 1979年、東京大学経済学部経済学科卒業。同年に三菱総合研究所入社。その後、1989年、ハーバード大学研究員、1990〜2021年、東京大学経済学部助教授・教授、2003〜2021年、東京大学ものづくり経営研究センター長。早稲田大学研究院教授。専門は技術・生産管理、進化経済学。 トヨタ生産方式をはじめとした製造業の生産管理方式の研究で知られる。主な著書に『製品開発力』(共著、ダイヤモンド社)、『生産システムの進化論』(有斐閣)、『日本のもの造り哲学』(日本経済新聞出版)、『ものづくりからの復活』(日本経済新聞出版)、『現場から見上げる企業戦略論』(KADOKAWA)など多数。

小宮山そういう方向でサービス業の強みを磨いていくことで、今後も日本経済は十分成長していけますし、グローバル競争の中でも生き残れるでしょう。

とくに私が期待しているのは観光です。かつて「爆買い」と称されたような、モノの消費に特化した観光ではなく、日本の「おもてなし」を楽しむような長期滞在型の観光は必ず今後伸びると思います。日本を訪れたいという人々は世界中にいますから。

すり合わせ型の日本のサービス業が一層力を発揮して、魅力にあふれた日本の地方に長く滞在してもらえるような観光へと導くことができたら、過疎化をはじめとする地域の課題の解決にもつながるでしょう。

藤本そうですね。設計思想を戦略的に練り、組織能力を構築する基本形は、観光業を含むサービス業も、製造業も、同じだと思います。

小宮山もう一つ、今後重要なのが「人づくり」、つまり教育ですね。私は、21世紀の世界に求められる社会モデルを「地球環境問題を解決した元気な超高齢社会」であると捉え、これを「プラチナ社会」と命名しました。プラチナ社会の実現のためには、未来を担う人材の育成は欠かせません。その意味でも、2050年の最大の産業は教育だといつも言っています。

デジタル教育のような分野は進化のスピードが速く、学校で誰かが一方的に教えるような教育スタイルではもう対応できないでしょう。今後はさまざまなキャリアや世代の人々が集まって互いに教え合い、学び合うようなスタイルの教育が重要で、そこでも日本のすり合わせの力が十分活用できると思います。

藤本私も教育者ですので、当事者としてご提案をよく考えてみます。

小宮山私が発起人となって2010年に発足した「プラチナ構想ネットワーク」で、小学生を対象とする「プラチナ未来スクール ロボット教室」を全国各地で開催しています。そこで先生役をしているのは地域の大学のロボットサークルの学生たちです。ただ、小学生と大学生だけでは学ぶ場の雰囲気がなかなか安定しないのですね。そこで、大手メーカーを退職したシニアエンジニアたちにも参加してもらったところ、非常にうまくいっています。

藤本まさに、彼らは「ものづくり」を実践してきた人たちですからね。

小宮山そのとおりです。今後こうした活動をどんどん拡げていき、若い世代が社会課題の解決に思い切ってチャレンジするのを後押しするような、そんな学びの場をつくっていくことが重要ではないかと、いろいろと実験しているところです。

シンクタンクから「シンク&アクトタンク」へ

小宮山最後に、2050年という未来に向けて、日本という国の目指すべき方向性について藤本さんがどうお考えか、改めてお聞かせください。

藤本日本の未来をバックキャスティングする際、日本の総人口はいずれ1億人を割ること、つまり人口としては中規模国が前提となります。そうなったとき、世界中の多くの人々から「行ってみたい、住んでみたい」と言ってもらえる、好感度の高い「ちょっと大きめの北欧諸国」のようなポジションが、一つの着地点ではないでしょうか。

小宮山 宏 1967年、東京大学工学部化学工学科卒業。1972年、同大学大学院工学系研究科博士課程修了。1988年、東京大学工学部教授、2000年、工学部長、大学院工学系研究科長、2003年より副学長などを経て、2005〜2009年に第28代東京大学総長を務める。退任後、2009年より三菱総合研究所理事長に就任。また、2010年よりプラチナ構想ネットワーク会長 (2022年に一般社団法人化)。専門は、化学システム工学、機能性材料工学、地球環境工学、 CVD反応工学、知識の構造化など。主な著書に『新ビジョン2050』(共著、日経BP)、『日本「再創造」』(小社)、『「課題先進国」日本』(中央公論新社)など多数。

小宮山世界中の人に訪れてもらえるような国となるには、地域との連携は必須ですね。

藤本そうですね。その場合、地域社会の安定は絶対に必要です。先ほども少し触れましたが、この30年、日本の製造業は極めて厳しい競争環境の中でも勝ち残ってきました。とくに頑張っていたのは地域密着の優良な中堅・中小企業の皆さんです。そして、彼らの存続重視・雇用重視・地域重視の経営姿勢を支えてきたのは、日本古来の「三方よし」思想だと思います。日本全国に浸透したこの「売り手よし、買い手よし、世間(地域)よし」の産業哲学は、世界に誇れる日本のSDGsファクターであり、地域の安定性を支えてきた要因でもあります。われわれ学界や三菱総合研究所(以下、MRI)のような企業も、優れた三方よし企業を積極的にサポートしていくべきでしょう。

小宮山 「プロトタイピング(仮説の小規模な実装と検証)」がとくに重要だと考えています。課題解決のアイデアを考えたら、小規模な実装を行い、具体的な形で検証する。それをわれわれのような組織が担うべきだと思うのです。

一例として、すでに取り組んでいるのが「逆参勤交代」というプロジェクト。「東京から地方へ」という人の流れを新たに生み出し、働き方改革や地方創生につなげていこうという構想です。東京には人が集まりすぎて、能力のある人材すら余っている状態です。そこで都市部の社員の方々に、地方で期間限定のリモートワークをしてもらうというプロジェクトを実験的に行っています。しかし実際には、どんな働き方が最もふさわしいのか、やってみなければわかりません。数年おきに、地方に1年間住むというスタイルもありうるし、中にはその地方に永住したいという人も出てくるかもしれない。地方の過疎・都市の過密は世界的な課題ですから、このような実装と検証を課題解決先進国の日本が真っ先に実践していくことで、解決のヒントが見つかるかもしれません。

藤本すばらしい取り組みだと思います。そういった実装と検証を積み重ねていき「三方よし」「すり合わせ」「おもてなし」など、歴史に根差す日本の産業基盤の強みを一層伸ばしつつ、それらを国内外にもっと発信していくべきでしょう。

「国連の言うSDGsにはまだ取り組めていません」という経営者もいらっしゃいますが、17項目もあれば、得意も苦手も両方あって当たり前。例えば先ほどの「三方よし」は、「どの地域も置き去りにしない」という、日本が得意とするサステイナビリティ種目です。こうした先進的な部分を積極的に発信していけば、「日本に来たい、住みたい」との声も徐々に高まり、日本の未来像もはっきり見えてくるでしょう。

小宮山確かに、単に未来を考えるのではなく、発信も含めて、未来に向けて行動することは非常に重要ですね。

MRIのような業態は「シンクタンク(think tank)」と呼ばれますが、われわれは現在、「シンク&アクトタンク(think & act tank)」への転換を図っています。調査・研究活動にとどまらず、「act=行動する知的集団」を目指すということですね。2050年は決して遠い話ではなく、すぐにやってくる未来です。今後ますますactの比重を高め、スピード感も上げていく必要があります。

実装と検証の積み重ねを大切にし、課題解決の実装まで、責任を持って行動する組織へと成長していきたいと考えています。

※この対談は再構成のうえ、『フロネシス23号 2050年、社会課題の論点』(東洋経済新報社刊)にも収録されています。