「この政策で問題は一挙に解決する」との政治的甘言は大半がウソで信用できない。だが医療にはこうしたウルトラC的かつまっとうな政策が珍しく存在する。プライマリーケアの制度化だ。
医療は身近な病気に対応する1次医療、手術を提供する2次医療、さらに高度な手術を行う3次医療と区分され、プライマリーケアは1次医療に該当する。だが、日本の1次医療と大きく異なるのは、その総合性と継続性だ。
プライマリーケアでは、家庭医と呼ばれる専門医が担当する地域の住民と家族を含めて長期的な関係を構築。各人の既往歴や遺伝性、価値観、家庭内の人間関係までを把握して、あらゆる健康上の問題や疾病に対しケアを行う。必要に応じて2次・3次医療へ患者を紹介するほか、介護や福祉組織との連携、家庭や職場の環境改善の提案も行う。いうなれば、国民一人ひとりに心身・社会面でのコンサルタントがつくようなものだ。
プライマリーケアの先進導入国は英国やオランダ、デンマーク、カナダ、豪州など。これらの国では、1人で約2000人の住民を担当する家庭医が3〜5人程度でチームを組み、看護師や理学療法士、事務員などと診療所を構える。
日本では風邪を引けば内科、腰痛なら整形外科、妊婦健診なら産婦人科に行くが、プライマリーケア先進国ではすべてを家庭医が診る。家庭医はチームで24時間体制を取り、患者は救急車を呼ぶ前に家庭医に相談するのが通常だ。本当に緊急なら救急車に頼るが、事後のケアは救急センターの専門医と連携して家庭医が行う。
日本では高齢化で慢性疾患が増える中、医療ニーズは「治す」から「治し支える」に変化。政府は地域包括ケアを提唱し、医療と介護が連携して高齢者を治し支える体制を整備しようとする。が、国民は具体的なイメージを持ちにくい。これは、本来連携で中核を担うべき家庭医が制度化されていないからだ。国民が自分の家庭医を持てば、地域包括ケアのネットワークはおのずと構築される。国民の多くが望む在宅医療や「在宅死」も、家庭医が役割を担う部分だ。
プライマリーケアがウルトラC的な要素を持つのは、それが医療費抑制にも直結するからだ。
病状や治療法の情報が少ない患者は医療設備や外観を見て病院を選びがち。結果、軽症の患者が大病院に押し寄せ、病院経営者は顧客獲得を狙って医療設備や人材を拡張する。その対応に本来2次・3次医療に特化すべき専門医が忙殺され、効率や質が低下。過剰な医療設備は医療費を膨らませる。
政府は現在、1〜3次の医療機関の機能分化を強化し、それによる医師の業務効率化で急性期など過剰病床を削減して医療費の抑制を目指す。だが、再編は遅れぎみ。欠けているのはプライマリーケアの制度化だ。プライマリーケアでは家庭医が軽症患者に対応し、重症患者は大病院に橋渡しする。このため、大病院は2次・3次医療に特化でき、顧客獲得競争も減少。機能分化と病床削減は加速する。
プライマリーケアでは国民の家庭医登録が必須であり、日本医師会は制度化に反対だ。医療機関を自由に選択できる現行のフリーアクセスに反するからだ。だが、患者が病状や治療法の情報を十分に持てない医療では経済理論的に消費者主権は成立せず、フリーアクセスを正当化する根拠は弱い。
医療制度に詳しいニッセイ基礎研究所の三原岳・准主任研究員は「政府は病床削減による医療費抑制を前面に出すが、プライマリーケアを制度化すれば質の向上も進む。国民の理解をもっと得られるのではないか」とみている。






















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