1992年の米大統領選挙を思い出す。当時の米国は自信喪失状態。GDP(国内総生産)はマイナス成長で失業率は7%台。「冷戦に勝ったのは日本だった」などと語られていたものだ。
この年の予備選挙で、民主党のボブ・ケリー上院議員はアイスホッケーのゴールポストの前に立ち、「この国を日本製輸入品から守る」というCMを流した。ところが「日本たたき」は不評で、ケリー候補は早々に選挙戦から撤退する。その後、経済的苦境を他国のせいにするレトリックは姿を消した。
この年の選挙を制したのは、ビル・クリントン知事であった。彼は労組の会合でも、「米国に必要なのは教育だ」と言い放った。問題は他国にではなく国内にある。もっとも地元アーカンソー州で「スリック・ウィリー」(抜け目のないビル)と呼ばれていただけに、具体的な国名を挙げることなく「貿易問題には強く当たる」とも述べていた。案の定、大統領就任後の対日通商圧力は厳しいものになる。
クリントン政権が就任早々に手掛けたのは、父ブッシュ前政権がまとめたNAFTA(北米自由貿易協定)の批准であった。さらにはヤマ場に差し掛かっていたGATT(関税および貿易に関する一般協定)ウルグアイラウンド交渉もまとめあげる。その結果として1995年にはWTO(世界貿易機関)が発足する。
閣僚会議だったAPEC(アジア太平洋経済協力会議)が首脳会議に格上げされたのも93年のシアトル会議からである。意外かもしれないが、自由貿易の象徴ともいうべきNAFTA、WTO、APECの三つはすべて90年代に民主党政権下でスタートしている。
保護主義の嵐
それから四半世紀が過ぎた。開放的な政策の下で米国経済は生まれ変わった。さまざまな得失があっただろうが、トータルで言えばプラス面が上回っていることは間違いあるまい。
ところが今の米国では保護主義の嵐が吹き荒れている。トランプ大統領が標的としているのは、ラストベルトの白人ブルーカラー層だ。92年選挙では、インディアナ州以外の中西部州はすべてクリントン候補が獲得したものだ。それが今日では、悪いことはすべて他人のせいにする現大統領のレトリックになびいているように見える。
彼らは過去の判断を悔いているのだろうか。そうではなくて、単に年をとっただけなのかもしれない。クリントン氏とトランプ氏は共に46年生まれ。ベビーブーマー世代は若い頃は未来志向であったが、今では現状否定的な気分になっている。もっともその先に、「米国を再び偉大に」する未来があるとは思えない。ノスタルジックな現政権は当面続く。世界はそれを我慢しなければならないのであろう。
(シメオン)






















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