12月25日朝のフロントは、チェックアウト手続きを待つ男性たちであふれ返っていた。ラウンジでは会計する男性を待つ女性たちがコーヒーを飲みながらくつろいでいる。男女が夜を明かした部屋にはティファニーなど高級ブランドの空き箱や袋が残されていた──。赤坂プリンスホテル(赤プリ)のクリスマスはバブル期の風物詩的な光景の一つだった。
当時、赤プリの宿泊部門にいた大森伸翁氏は、「チェックアウト時に翌年の予約を入れていくお客様も多かった」と振り返る。スイートルームから予約が埋まり、クリスマスイブの数カ月前には満室となった。
バブル期には、クリスマスを高級ホテルや高級レストランで過ごすことが流行していた。中でも、40階建て全761室の大型ホテルとして1983年に開業した赤プリ新館は人気スポットに。芸能人やスポーツ選手がこぞって結婚披露宴会場に選んだこともあり、「一度は泊まってみたいあこがれのホテル」になった。
予約なしの当日客で100室埋めたあの頃
赤プリの“バブリー”な夜はクリスマスに限ったことではなかった。80年代後半の平均稼働率は85%超。ホテル業界では稼働率85%で「満室」とされる。訪日外国人の急増により客室数不足が指摘されている現在の東京のシティホテルでも稼働率は83.8%(観光庁「宿泊旅行統計調査」2015年)だ。当時の赤プリがいかににぎわっていたかがわかる。
トップシーズンの10〜11月には10日間連続で満室を記録したこともある。当時は連泊する外国人客がほとんどおらず、1泊だけの日本人客が中心。ほとんどの客が毎日入れ替わっても満室が続いたことになる。
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