石飛 幸三 特別養護老人ホーム・芦花ホーム医師
最近、変なことを思い出してね。今から40年ほど前、俺がまだ30代で、外科医として一生懸命手術をやっていた頃だった。あるとき、五つぐらい年上の経営者に聞かれた。「先生、何で人間は死ぬんだ?」って。
どぎまぎしたよ。俺たち医者は人間が死なないようにすること、病気を治すことが自分の役割だと思っていて、それしか考えていなかった。「俺にそんなこと聞かないでくれよ」と思った。半分頭にきたよ。ふてくされたよ。「人間は死ぬ、いずれは死ぬんだよ」なんて答えたけれど、答えになっていないよね。ふまじめだった。中途半端だったよ。
10年前に芦花ホームに来て、最終段階には過剰な栄養補給をしないで穏やかな最期を迎える「平穏死」を考えるようになったのは、どうもそのときのことがずっと尾を引いていたような気がして仕方がない。
40年前にはうまく答えられなかったけど、やっとわかってきた。結局、俺たちはいくら頑張ったって、せいぜい100年だ。次の世代に命を渡したら、いずれ消えるんだ。人間の体は細胞分裂を繰り返して生きているけれど、年を取ってくるといろいろな形で傷ついて、(細胞が)いたずらを始めると腫瘍になる。がんというのは、ある意味では人生そのものだ。
胃ろうも人工透析も、まだ人生の途上なのに病気になった人がピンチを切り抜けるためには、大いに意味がある。だけど、もう最終段階を迎えている人に栄養を与えて、どれだけの意味があるのか。役に立たないことをやって、かえって本人を苦しめているのなら、とんでもない間違いだ。医療の自己矛盾だよ。
この記事は有料会員限定です
残り 677文字
