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欧州とイスラムの共存はかなり困難だ INTERVIEW 内藤正典

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ないとう・まさのり●1956年東京生まれ。79年東京大学教養学部卒。シリアのダマスカス大学、トルコのアンカラ大学で研究。2010年から現職。(撮影:梅谷秀司)

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「シャルリー・エブド」はなぜ、武装した男たちに襲撃されたのか。それはフランスが恐ろしく世俗的な国であることと関係している。現代の欧州諸国、特にEU加盟国はおおむね世俗的といえるが、フランスは中でも最も厳しく世俗主義を適用している国だ。

世俗主義とは日本でいう政教分離に加え、個人であっても公の空間に宗教を持ち込んではならないことをいう。この考え方は「ライシテ」と呼ばれている。

フランスでは、イスラム教徒の女性はスカーフやベールを着用して公立学校に通うことが禁じられている。4年前には、女性が顔や全身を覆うブルカを公共の場で着用することを全面的に禁じる「ブルカ禁止法」が施行された。ブルカは厳密にいえばアフガニスタンの衣装なのでこの法律名称は少し変だが、それだけフランスは世俗主義が徹底している。同時に主として移民の宗教であるイスラムに敵対的である。

一方でイスラムには、公的空間と私的空間を分ける考えがない。イスラム教徒にとって、預言者ムハンマドが存在したからこそ自分がいるのであり、あえて言い換えれば自分の母親のような存在。そうした存在に対して風刺と称して執拗に挑発したり、侮辱し続けたりしたことが、今回の事件の底流にある。

襲撃犯を擁護しているわけではない。フランスは過去、カトリック教会の枢要機関である教皇庁と長く闘争し、抑圧をはねのけてきた。ある意味、教会あるいはキリスト教から離れることによって、個人として自由を獲得したといってもいい。だからこそ涜神(とく しん)の権利も保障される。しかしだからといって、同じことをイスラム教徒に要求することはできない。彼らは、ムハンマドの風刺画など見たくもないし、描かれたことを聞きたくもない。「見ないと議論できない」という発言は暴力だ。

欧州各国で広がる「イスラム恐怖症」

懸念されるのは、米国の9・11テロ以降、フランス以外の国でも「イスラモフォビア(イスラム恐怖症)」が蔓延していることだ。たとえばオランダにはキリスト教政党もイスラム政党もあって構わないという、文化多元主義がある。どの人も平等にコミュニティ、つまり「文化の列柱」に入り込むことができる。

ところが9・11以降、宗教に寛容なオランダでもイスラモフォビアが急激に高まった。オランダ国民は自分の柱の中に閉じこもり、お互いのことを知らずに生活している。それが逆効果となり、隣に住んでいるイスラム教徒に嫌悪を募らせた。

このような悲惨な状況にEUという組織は対応できない。なぜなら、EUは発足時点から共通の移民政策を持っていない。誰を国民と見なすのかという概念についても触れていない。しかも経済的格差が広がっているため、移民が格差問題のスケープゴートにされやすい。

事態を防ぐチャンスがあったとしたら、05年前後にあったトルコのEU加盟交渉だった。これはEUの中にイスラム教徒の国が加盟する初の試みだった。しかし、加盟交渉開始後にEU側が交渉条件を変えたため頓挫した。そして起こった今回の事件。中東情勢も最悪な中、当面欧州とイスラムが共存するのは、難しいと言わざるをえない。

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