全社的DXが失敗して「現場のDX」が成功する理由 現場のニーズをいちばん知っているのは「現場」
被災状況報告アプリを町役場職員が1日で開発
熊本県北端部九州山地に位置する小国町。林業が盛んで、「小国杉」はブランド杉として知られるが、以前から課題を抱えていたという。
「町域の8割が山林であることから、大雨や地震などの災害発生時の素早く正確な情報共有が欠かせません。これまでは電話や紙を使ったアナログな方法で行っていましたが、効率が悪いと感じていました」(小国町役場政策課地域振興係長 長谷部大輔氏)
町役場では、災害が発生した際に、道路や家屋、河川などの被害状況を大きな模造紙に書き出して壁に張って、整理・把握に奔走していたという。だが、手作業で行うために重複している情報があったり、すでに復旧している箇所の消し込みに時間を取られたりと、アナログ作業の弊害が出ていた。そこで2021年5月から導入したのが「被災状況報告アプリ」だった。
同アプリはスマホやタブレット端末を利用して、災害現場の状況報告、共有、記録が簡単にできるものだ。GPS(全地球測位システム)を活用することで、地図情報とともに被災状況が一覧で確認できる。この画期的なアプリを現場で導入したのが長谷部氏だが、驚くべきことに長谷部氏はITに関する専門知識を持っていない。
「同アプリはアステリア社のモバイルアプリ作成ツール『Platio(プラティオ)』で作成したもので、プログラミングをしなくても、パーツを組み合わせるような感覚で簡単にアプリが作れます。『被災状況報告アプリ』は、わずか1日で作成できました」(長谷部氏)
小国町ではもともと、Platioを利用した、職員向けの検温アプリや勤怠アプリなどを作成し導入していた。「小さなことからステップを踏んで開発を行ってきたことで、職員の理解も進みましたし、『こんなこともアプリでできるのではないか』というアイデアも現場から出るようになりました。21年10月に行われた第49回衆議院議員総選挙では、投票人数の報告にも、Platioで作成した『投票者数報告アプリ』を導入し、職員の作業負担を減らしました。今後も、業務のデジタル化を推進することでコア業務に注力し、町民の皆さんの期待に応える行政サービスを提供したいと考えています」と長谷部氏は語る。
「全社的なDX」はなぜ失敗するのか
小国町で活用されているPlatioは、簡単に業務用のモバイルアプリを作成できるツールだ。プログラミングをしない、いわゆるノーコードで開発ができるため、ITに関する専門的な知識がなくても、現場で必要とする機能の実装や仕様の調整ができる。
小国町の事例はDXの一つの理想的な形といえるのではないだろうか。近年、ビジネスシーンで叫ばれ続けるDXだが、その捉え方は企業によってさまざまで、成功している企業の事例は少ない。その理由について、アステリア社長の平野洋一郎氏は次のように指摘する。
「社長の号令で全社的なプロジェクトをやろうとして失敗したケースを多く聞きます。社長のリーダーシップやコミットメントは必要不可欠です。しかし、社長と会議を繰り返しても、現場で使える仕組みにはなりませんし、現場も変わりません」
DXを成功させるためには、現場の社員が自ら変革する意識を持ち、デジタル化を目指すことが必要になる。トップの理解が必須だとしてもボトムアップの意識が重要であり、変革の糸口は現場にこそ落ちているのだ。
「経営環境が多様化、複雑化する中で、現場のニーズも刻々と変化します。これらに対応するためには、現場で必要なアプリをすぐに開発したり、仕様を変更したりできることが理想です。現場のDXを実現するためには、アジャイル型開発(短期間で検証や改善を繰り返す開発手法)のほうが適しているのです」(平野氏)
現場がうまく回り始めると、別の効果も期待できる。現場の小さなDXの連鎖と全社的波及効果だ。
「アプリなどを使った効率アップを現場の方々が実感すると、『こっちの業務にも応用できるのではないか』と業務のあり方を見直す習慣が身に付き、あちこちで活用を始める例があります。中小企業だけでなく、大手企業でも部門など小さな単位で、このような『現場のDX』をたくさん起こすことで、それを全社的なDXへとつなげていくことができます」(平野氏)
Platioがアジャイル型に向いているのは初期費用無料で月額2万円〜というコスト面もある。業務アプリは複雑でかつ高価格になるのが当たり前であると考えられてきたが「その常識を覆したい」(平野氏)という価格設定だ。もし思ったように効果が上がらなければ、一旦立ち止まって別のやり方を試せばいいのだ。
AI、IoT、ブロックチェーンアステリアの最新技術
アステリアは顧客のさまざまな要望に応えるために、Platio以外にも、多くのノーコード製品を抱えている。主力製品のASTERIA Warpは異なるコンピュータシステムのデータを連携できるソフトウェア、Gravioは、AIカメラやIoTの迅速な利活用を実現するIoT統合ソフトウェアだ。また、22年2月28日に提供開始されたばかりの「Handbook X」はあらゆるコンテンツにワンストップでアクセスできる商談支援アプリとして展開している。
「当社は、企業内の多種多様なコンピュータやデバイスの間を接続するソフトウェアを開発しています。『ソフトウェアで世界をつなぐ』というのが、私たちの事業のコンセプトです。そのためには、誰もが簡単に利用できる仕組みが必要です。当社製品のすべてがノーコードで開発・利用できるのもそのためです」(平野氏)
さらにアステリアでは、バーチャルオンリー株主総会を開催し、ブロックチェーン技術を用いた議決権投票を実現させるなど、新しい試みにも挑戦している。同社自らが、アジャイル型でDXを実践していることの表れといえるだろう。
アステリアの製品群を見れば、DXはITの専門知識が必須というわけではないことがよくわかる。規模の大小を問わず、日本のさまざまな地方や組織で「現場のDX」が日々生まれ、日本全体が元気になることが期待される。