南海トラフ巨大地震に備え「実効性」あるBCPを 「リニア中央新幹線」に期待される役割

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南海トラフ巨大地震——東海から南海にかけての広範な震源域に、百数十年に一度の危機が迫っている。必ず起きる災禍を直視し、今こそ対策を実行せよ。耐震工学・地域防災の第一人者、福和伸夫教授が訴える。

巨大地震は10年後か?今そこにある国家的危機

――南海トラフ地震の発生確率は40年以内に90%程度と聞いています。なぜそう言えるのですか。

名古屋大学/減災連携研究センター教授
福和 伸夫 教授
ふくわ・のぶお◎1981年名古屋大学大学院修了後、清水建設、同大学先端技術共同研究センター教授、環境学研究科教授を経て、2012年より現職。工学博士。2017〜19年日本地震工学会長。建築耐震工学、地震工学、地域防災を専門とし、防災人材育成、防災啓発活動などを通して災害被害を軽減する国民運動に注力。地震調査研究推進本部政策委員長などの要職を歴任し、防災功労者・内閣総理大臣表彰など受賞歴多数。

福和 いつどの領域でどの程度の地震が起きるか、正確なことはわかりません。ですが、必ず起きることは歴史が証明しています。前回の南海トラフ地震がいつだったかご存知ですか? 1944年12月7日の昭和東南海地震です。戦時管制で広くは報じられていませんが、翌月の三河地震や2年後の昭和南海地震とも相まって多くの被災者を出しました。その前が幕末安政期の1854年12月、東海地震と南海地震が2日連続で襲っています。さらに、1707年10月の宝永地震はもっと巨大で、富士山大噴火まで引き起こしました。その前も延々と遡ります。

南海トラフ地震は1361年の正平地震以来、約90〜150年の周期で繰り返し発生しています。こうした経緯を分析し、政府の地震調査研究推進本部が判定したのが、40年以内に90%程度という確率です。これまでは80〜90%とされていましたが、この1月に政府が発表した長期評価の結果で引き上げられました。

ただし、次の地震までの間隔は、前の地震の規模に関係することがわかっています。そして、昭和東南海地震は規模が小さかったため、次に来るのは約88年後という予測もあるのです。2021年現在、もう77年が経ちました。皆さんが思う以上に、状況は切迫しているのです。

――あと10年しかありません。どんな被害が予想されますか。

福和 東海、東南海、南海の3つの震源域に連なる巨大地震を想定すると、マグニチュード9の規模で最大30mの大津波が沿岸部を襲い、約239万棟の建物が倒壊または焼失し、死傷者約94万人、被害総額は国家予算の2倍を超える220兆円あまりにも達すると予測されています。

都会の高層ビルは極めて危険です。長く大きくゆっくりと揺れる長周期地震動への対策が行われていない建造物が多く、東日本大震災ではこれが原因で、震源から700キロ以上離れた大阪でも、地表面が震度3であったのに対し、建物頂部は震度6になりました。

さらに言えば、次に来る南海トラフ地震が、30年以内に70%の発生確率とされる首都直下地震と重なる可能性も否定できません。東海地区には日本の製造業が集積しています。社会経済が一挙に壊滅しても不思議はないのです。

南海トラフ巨大地震の想定震度(最大値)分布図
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東海道新幹線は南海トラフ地震で大きな被害が予想される地域を通るため、震災時に日本の大動脈輸送が断絶する危険に備え、リニア中央新幹線の建設が進められている。
[出典]中央防災会議「南海トラフ巨大地震対策について(最終報告)」(2013年5月)を元に作成
*リニア中央新幹線の中間駅名は仮称です。

ライフラインを守り抜く挙国一致のBCP

――国の対策は進んでいますか。国民はどうしたらいいでしょう。

福和 地震対策の要は構造物の耐震化です。内閣府の中央防災会議が計画を進めていますが、十分ではありません。特に商業施設やオフィス、工場などは公助の手が入るにも限度があり、民間と行政が共助すべき段階に来ています。

よくBCP(事業継続計画)といいますが、企業も自治体も組織内だけに目を向けて、手の及ぶ範囲の対策しか講じないケースが目立ちます。しかし、自己完結する事業などありません。エネルギーや物流、交通網といった、事業や組織の存続に欠かせない社会の構成要素をどう維持するか、ともに考え連携する姿勢が不可欠です。

私はこれを「実効性のあるBCP」と呼び、啓発運動を続けています。全国民がこの視点を持って本気を出さないと、震災の前に国が破綻しないとも限らないのです。なぜなら、南海トラフ地震が発生する危険性が高まっていることを知らせる「臨時情報」が発表された際に、備えが不十分なままだと世の中が混乱し、社会機能が停止する事態が起こり得るからです。

――万全の対策を講じ、狼狽えることのないようにしたいですね。

福和 道路や鉄道などの高速交通網における構造物の地震対策はだいぶ進んでいるようですが、絶対はあり得ません。例えば、日本の大動脈を担う東海道新幹線においては、南海トラフ地震で被害を受ける可能性を想定し、バイパスとしてのリニア中央新幹線を早期に備えていくことも必要でしょう。

もう1つ私が提唱したいのは、コンパクトシティです。安全な地域に都市機能を集約し、1つの生活圏を形成する。そして都市間を強靭な高速交通と通信ネットワークで結ぶのです。リニア中央新幹線の品川・名古屋間で神奈川県・山梨県・長野県・岐阜県に建設予定の各駅は、そのような分散拠点にも最適です。

将来的にそんな自律・分散型の国土が実現すれば、東京一極集中の是正にもつながり、巨大地震に対する首都機能のリスク回避にもなると考えます。

リニア中央新幹線とは
L0系改良型試験車

リニア中央新幹線は、東京〜名古屋〜大阪という日本の大動脈を二重系化し、東海道新幹線の将来の経年劣化や大規模災害といったリスクに抜本的に備えるためのプロジェクトであり、全国新幹線鉄道整備法に基づき、現在JR東海が品川・名古屋間の建設を進めている。「超電導リニア」と呼ばれる日本固有の技術を採用し、時速500kmで浮上して走行する。全線開業後は東京(品川)・名古屋が最速40分、大阪まで最速67分で結ばれ、日本のGDPの約57%を占め、人口の半数を超える合計約6600万人*を抱える1つの巨大都市圏が誕生する。

*記載の人口数は2020(令和2)年総務省住民基本台帳によります。
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