渋谷発!
國學院大學 赤井益久学長によるトップ対談 國學院大學

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國學院大學と東京急行電鉄は渋谷の歴史と共に歩んできた。
赤井益久学長と野本弘文社長が、渋谷の魅力や人材論などを語り合った。

共に渋谷で
90年以上の歴史を歩む

國學院大學
学長
赤井 益久

赤井 國學院大學は、1882(明治15)年に創立された皇典講究所を母体に設立され、今年で132年目を迎えます。「本ヲ立ツ」という建学の精神に基づき、日本人がよって立つ基礎を研究・確立すると共に、一人ひとりが持つ個性を尊重し、特性と能力を最大限発揮できる教育の提供を目指してきました。

1923年に東京・麹町区飯田町から現在の渋谷御料地に移転、90年以上になります。また、85年には横浜たまプラーザキャンパスを開設、私も学長になる前はそこで教えていました。最近、駅がとてもきれいになりましたね。駅周辺も発展し、当時とは様変わりしました。

東京急行電鉄
取締役社長
野本 弘文

野本 ありがとうございます。東急電鉄は、明治の実業家・渋沢栄一らが1918年に興した田園都市株式会社に始まります。現在の田園調布を住宅地として開発し、さらに都心と鉄道で結んで交通の便を図るのがその狙いでした。貴学は1923年に渋谷に移られたとのことでしたが、私どもも1922年に当社の前身である目黒蒲田電鉄を設立し、目黒―蒲田間が開通したのがこの年になります。その後、渋谷と横浜を結ぶ東京横浜電鉄などを吸収合併しました。

当時から鉄道と一体になった「街づくり」には力を入れ、再投資も積極的に行っています。沿線ではいまなお人口が増え続けている街が少なくありません。たまプラーザ駅は1966年に開業しましたが、2010年に駅の改良と合わせて「たまプラーザ テラス」をオープンさせ、駅周辺ではその後も集合住宅の建設など、さまざまな提案を続けています。

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