
あえて専用アプリではなくLINEを選んだ理由
「LINE公式アカウントで情報提供サービスを開始するという計画は、2019年から始まっていました」と話すのは、グローバル・バイオファーマ企業のブリストル マイヤーズ スクイブ(以下、BMS)のデジタルマーケティング部長、宮本繁人氏だ。コロナ禍の中で急きょ、LINEを活用したサービスをローンチしたわけではない。BMSはそれ以前から日々忙しく働く医師をはじめとする医療従事者が抱えていた「ちょっとした空き時間を使って今すぐ必要な情報を手軽に入手したい」「外来診療の合間に調べて、患者さんの治療に役立てたい」という課題に、BMS自身がデジタルトランスフォーメーション(DX)することで応えられないかと模索していたのだ。
デジタルマーケティング部門長
宮本 繁人
これまで製薬業界は、自社製品ごとにWebサイトを構築し、情報提供を行ってきた。一方の医療従事者、とくに医師たちは情報収集のツールとしてパソコンをメインで使ってきた経緯がある。しかし医師たちのデジタルツール使用状況を調査・分析したところ、最近は若手・中堅医師を中心に、コミュニケーションの手段はスマートフォン、とくにLINEの利用率が高いことが明らかになった。看護師やほかの医療チームとLINEを使ってやり取りしたり、自分の研究テーマに沿ったLINEグループを作って他院の医師と意見交換をしているという実態も浮かび上がってきた。
そこでBMSでは、製品ごとのWebサイトに分散している情報を1つに集約し、新しいアプリをわざわざインストールすることなく、LINEの中で情報提供を行っていくことが、医療関係者にとってシンプルで親和性が高いと判断したのだ。
「LINEはほぼすべての医師が日常的に使っているメッセージアプリとはいえ、親しい友人や同僚、医療チーム、家族とのやり取りに用いられるパーソナルなツールであり、製薬企業からの情報入手するためのツールではありませんでした。しかし、LINEは多くの医療従事者が利用しているアプリであり、このアプリを通じて医薬品の適正情報を提供できれば医師がより便利に身近にかつ手軽に情報を得てもらえるのではないか、そのような価値を提供しようというところから検討がスタートしました」(宮本氏)

BMS医療従事者向けLINE公式アカウントで提供している情報は、「固形がん」「血液がん」「循環器」「リウマチ」という4つの疾患領域だ。BMSの医薬品情報の検索・閲覧も、オンラインで開催されるセミナーへの参加も、スマートフォンやタブレットをタップするだけ。操作性のよさは抜群だ。
「ヘルスケア業界では他企業でもLINEの活用が始まっています。BMSが提供する医薬品は高い専門性を必要とする薬剤が多いです。専門医がそのような医薬品を処方するうえで参照する最新のガイドラインや薬物療法の手引き、臨床試験結果や副作用マネジメントなど、医薬品の適正情報を手軽に入手するための新しい手段として、BMSのLINE公式アカウントはほかにはない価値を感じてもらえると思います」と宮本氏は自信を覗かせる。
カスタマーエクスペリエンスに注いだ熱意
サービス開発に当たり、操作性のよさは最優先だった。寸暇を惜しんで自社情報にアクセスしてくる医療従事者が迷うことなく、最短ルートで欲しい情報にたどり着くためには、一目でわかる画面デザインや明快な導線設計など、優れたUI/UXの実現が不可欠だ。そのため同業他社はもちろん、他業界・他サービスのアプリやLINEサービスに至るまで徹底的に研究した。
そのうえでこのプロジェクトに協力してくれる病院でプロトタイプの仮説検証を行い、その結果に基づきアジャイル開発をスタート。アジャイル開発は、設計とプログラミングを行き来し、トライ・アンド・エラーで改良していく手法なので、実際の使用ニーズに素早く適切に対応しやすいという特徴がある。

顧客によるプロトタイプのテスト運用、さらなる改良を加えての試作や検証を繰り返し、少数精鋭のクロスファンクショナルチームを立ち上げて、小グループごとにアイデアを出し合い、仮説検証からアジャイル開発に取り組みローンチするまでに一年。
その1年間で変化した社会情勢が、コロナ禍であった。
宮本氏は開発過程をこう振り返る。「この小さな部屋から世界を変えるという旗印を掲げて開発していましたが、途中でオフィスがシャットダウンされました。オンラインで作業するほかないので、オフィスと同じ環境をつくってプロジェクトを続行しました。雪だるま式にアイデアを増やしながらMVP(実用最小限の製品)を見極めるなど、アジャイル開発のプロセスすべてをオンラインで行うのはまったく初めてのこと。とてもチャレンジングな経験でした」。
むしろそういう環境に置かれたからこそ、情報収集をオンラインに頼るしかない医療従事者の気持ちがよくわかったという。そんなこともあり、今回のLINEサービスは、BMS「患者さんの治療に奮励する医療従事者たちの力になりたい」「医療従事者を支えることでその先にいる患者さんの役に立ちたい」という一心で取り組んだ。

すべては深刻な病気を抱える患者の人生を取り戻すために
こうした苦労のかいあって、BMSのLINEサービスは医療従事者の間で好評を博している。例えば、つねにメールボックスが関係者からのメールにあふれ、大切なお知らせが埋もれがちだった医師は、最新の医薬品情報や興味のあるセミナーの開催告知などをプッシュ通知機能で受け取るようにして便利に活用しているという。BMSのLINEサービスはニューノーマルという時代に、医療従事者と製薬会社の間に新しいコミュニケーションチャネルを確立した先行事例といえるかもしれない。

だが、BMSにとって今回のローンチはゴールではなく、DXのスタートに過ぎず、今後さらにエコシステムを広げたサービスの展開を予定している。すでに患者向けLINE新サービスの開発に取り組んでおり、また「LINE WORKS」を利用してBMSのMR(医療情報担当者)と医療従事者との双方向コミュニケーションサービスも近く開始する。ほかにも医師、医療チームなどステークホルダーに応じたサービスをBMSの4疾患領域において拡充していく予定だ。
BMSは「サイエンスを通じて、患者さんの人生に違いをもたらす」というビジョンを社是に掲げている。「革新的な医薬品を開発し提供する」ことだけにとどまらず、医療従事者や患者が必要とする情報をタイムリーに提供していくこともまた、このビジョンにつながっている。