
データの内容にも価値にも、大きな変化が発生中
あらゆる場面・場所にAIやビッグデータが氾濫する今。人類は、あたかもデジタル空間が物理空間を包摂するような世界に生きるようになった。データの活用によって生み出される価値が拡大すると、より多様なユースケースが誕生し、その結果さらに大量のデータが収集・利活用されるようになる。
岡村 周実
そのような中、「利活用されるデータの内容」と「データから生み出される価値」の両方において、大きな変化が起きていると、IBMの岡村周実氏は指摘する。
「これまで流通してこなかった種類のデータを活用することで、異次元ともいえるような価値の創造が可能になってきました。例えば、糖尿病患者の体に装着したセンサーが血糖値を収集してその変化を監視し、数時間先の血糖値の水準を高精度で予測するAIが誕生しています。血糖値のようなバイタルデータを活用した画期的なビジネスです。さらにそのAIは、患者が装着するインスリンポンプを遠隔制御し、血糖値を最適な状態に保ちます。患者は血糖値管理の悩みや手間から解放されるだけでなく、治療方針への理解も深まる。すばらしい価値だと思います」

しかし、このような状況には懸念もある。重要なデータやAIが、もし悪意ある第三者に利用されてしまえば大ごとだ。例えばインスリンの過剰投与は、生命を奪うことにもなりかねない。つまり、データから生み出される価値が大きくなった一方、それが失われたり、悪用されることで生じる被害も大きなものになってきているということだ。
最近では、データ漏洩や合意なきデータ利用といった問題が、以前よりも厳しい衆目にさらされるようになってきた。その要因は、これらの問題によって引き起こされる被害の深刻さが増大していることに加えて、その深刻さが一般にも広く認識されるようになったということにほかならない。
「人の生死に関わるようなデータは、個人情報の中でもとくに機密性が高いもの。例えば、財産や病歴、職歴、行動履歴、社会関係、信条に関するデータなどが該当します。企業レベルでも、顧客・取引先の情報や社員情報、研究情報、商品設計情報、在庫情報といった機密情報があります。従来は『門外不出』とされてきたこれらの重要なデータを活用することで、より大きな価値創造が可能となる。社会的な影響の大きいDX事例が、これからどんどん出てくるようになるでしょう」(岡村氏)
そのような時代に求められる能力とは何か。まず重要なのはもちろん、顧客のデータ・プライバシーを守る能力だ。顧客からの信頼を獲得できなければ、彼らとの関係性を深化できず、そもそもデータの収集も活用もできない。
ここで参考になるのが、「IBMグローバル経営層スタディ」である。これは、IBMのコンサルタントが、2019年に世界98カ国1万3484名の経営層を対象に実施したインタビュー調査の結果を集約したレポートだ。
この中で、「事業戦略とデータ戦略の融合度合い」を横軸、「データからの価値創出能力」を縦軸に取り、回答結果から企業を「先導者」「探求者」「推進者」「始動者」の4類型に分類している。例えば両軸ともに高いレベルで実現している「先導者」は、両軸とも低い「始動者」と比べて、事業の財務業績や変革活動の成果において極めて優れたパフォーマンスを実現している。
「先導者クラスターは全体の9%しかいません。彼らの特徴は、データ・プライバシーの確保や、利用制限のあるデータの破棄など、データ活用に関する規範意識が非常に高いという点です。デジタル時代の競争優位を確立するためには、顧客からの信頼が最も重要な条件の1つだという認識があるのです」(岡村氏)
ここで重要になるのが、顧客データの活用だけでなく、自社データの活用による経営レベルの変革だ。しかしながら、データに基づく経営と一言でいっても、一足飛びにはいかないのが現実だ。
前述の「グローバル経営層スタディ」によれば、まずデータを「信頼」する組織文化をつくりあげることが、データ経営における重要なカギとなる。データに基づく意思決定や判断が、経営と現場の両方で徹底できなければ、絵に描いた餅で終わってしまう。先導者は、高い専門性を持つIT人材だけでなく、多くの社員にデータを扱う権限を広く与え、またデータ活用に必要な能力の開発にも尽力している。結果、「データを信頼する」組織文化の確立にも成功するというわけだ。
「逆に、始動者クラスターでは、データを信頼する組織文化が育っていません。『意思決定の質を向上させるためにデータを重視している』と回答した始動者は34%。先導者と比べて半分以下です。結果、『意思決定のために必要なデータが充実している』と回答した始動者は38%、先導者は79%と、大きな差がついてしまっています」(岡村氏)
「誰もがデータ活用できる状態」をつくるのが第一歩
先導者クラスターは、ITの専門家だけでなくすべての社員にデータを共有したうえで、その活用を促進している。「誰もがデータを活用できる状態」を創出してサイロ化を防いだり、社員が必要とする分析スキルやツールの提供を積極的に行ったりすることが、成功への第一歩だといえよう。
近年は、データ分析やアプリケーション開発の専門技術を持たない社員でも、スムーズにITツールを活用できる環境が出来上がりつつある。各現場のOT(Operational Technology:業務技術)に精通した社員が、それぞれの業務の高度化や自動化のためにITを活用することができれば、経営・組織のDXは一気に加速することになる。
すでに先導者は、従来とは抜本的に異なる考え方と取り組みをもって、事業と経営の変革(DX)を推進している。「先導者を目指す企業にとって最も重要なことは、データ活用のユースケースや方法論について、できるだけ多く学習・理解し、自社にどう生かせるかを具体的にイメージすること」だと岡村氏は語る。
今回で20回目を数える「IBMグローバル経営層スタディ」。まさに、経営層必読のレポートだ。