
地球規模で「価値づくり」のあり方が大きく変化している
―― DXの流れが加速し、破壊的イノベーションが進んでいく中、企業を取り巻く経営環境にはどのような変化が起きているのでしょうか。
藤川 一口で言えば、「モノづくり」から「価値づくり」の時代になっていることです。新しい価値を創造する機会や、創造した価値に課金をする機会がさまざまなところで生まれています。
例えば、有名な配車サービスの会社は、車両を1台も保有していません。SNSプラットフォームでは毎日膨大な写真や動画、テキストが発信されますが、プラットフォームとなっている企業自身ではコンテンツを作っていません。民泊仲介やD2C企業など、いずれも自社でモノ作りもしないし、在庫も持ちません。しかし、今はこのような企業が価値作りの最先端にいて、人材や資金、データが集まるようになっているのです。
国際企業戦略専攻 准教授
藤川 佳則
1969年京都府生まれ。一橋大学経済学部卒業後、同大学大学院商学研究科修士課程修了。ハーバード・ビジネススクールでMBAを取得後、ペンシルバニア州立大学Ph.D.。ハーバード・ビジネススクール研究助手、ペンシルバニア州立大学講師、コンサルティング会社のオルソン・ザルトマン・アソシエイツなどを経て、2007年より一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授。現在、一橋大学大学院経営管理研究科国際企業戦略専攻准教授・MBAプログラムディレクター、および、一橋大学副学長補佐を兼任。専門はサービスマネジメント、マーケティング、消費者行動論。主な著作に『マーケティング革新の時代』(共著、有斐閣)のほか、『マーケティング・ジャーナル』やHarvard Business Reviewなどにも執筆。
これまでは、企業が持つ経営資源を組み合わせて、いかに価値を最大化するか、すなわちバリュー・チェーンを前提とした世界観で経営をとらえてきました。また、前述した企業は、経済学でいう限界費用は限りなくゼロに近づいていますが、われわれはこれまで、限界費用がゼロ以上であるという前提とした世界観で経済をとらえてきました。
数十年前に提唱されたバリュー・チェーンやそれ以前から広く前提とされている限界費用などの「レンズ」を掛けて物事を見続けていては、世界の流れがますます見えなくなります。新しい価値を作る「レンズ」に掛け替えることが大切です。
―― 世界で起きている大きな変化に目を向けるべきということですね。
藤川 私は「SHIFT」、「MELT」、「TILT」というキーワードで変化を表現しています。「SHIFT(移行)」とは、世界経済がどんどんサービス化しつつあることを表しています。「MELT(溶解)」とは既存の業界の定義が崩れ、垣根がなくなっていくことです。「TILT(傾斜)」とは世界の経済の中心が北半球の先進国から南半球の新興国に移っていくことを表しています。このような状況でどのような「レンズ」を掛けるべきなのかが問われていると言えるでしょう。
単にデジタルへの置き換えでなく本当の意味でのDXに取り組むべき
―― 藤川先生は、一橋ICSのMBAプログラムディレクターとして、学びの場、教える場のDX(デジタルトランスフォーメーション)にも取り組んでいるそうですね。
藤川 地球規模でデジタルによる大きな変化が起きているときに、大学が今までどおりの教え方でいいのか、学びに来る人たちにとって、それでどれだけ役に立つのかという疑問や危機感があります。
一橋ICSに来る学生はフルタイムMBAプログラムで30歳前後、パートタイムのEMBAプログラムで40歳前後が中心ですが、学部生の場合、新入生はもう2000年以降に生まれている人たちです。学生がどんどんデジタルネイティブになってくる一方で、教えている側がデジタルイミグラントのままであるという現実があります。この現実を受け止め、大学そのものが、DXを進めていかなければなりません。
―― いちばんデジタルネイティブに近い教育現場こそDXにいち早く対応していかなくてはならないということですね。そのためには、どのような意識が必要でしょうか。
藤川 今やっている業務をデジタルに置き換えるだけでは、業務の効率化や省力化という観点でのメリットしか生まず、それはDXではありません。今の時代、「ビフォーデジタル」のレンズではなく、デジタルを前提としてリアルをとらえる「ポストデジタル」のレンズにかけ替えることが必要だと思います。
デジタルネイティブである学生にどのような学習経験を提供するのか。そのためには根本的にカリキュラムのあり方、学習を提供する側の組織のあり方、さらにはわれわれ教職員のマインドセットをどう変えなければならないのかというところまで捉えて、初めてトランスフォーメーションになると思います。
ポストデジタル時代に存在感を発揮する大学の条件
―― 一橋ICSでも、ポストデジタル時代に対応した新しい取り組みを進めているそうですね。
藤川 一橋ICSでは「GVT」という取り組みを進めています。当校はもともと、すべて英語のプログラムで、外国人学生の割合が80%、世界各地のトップビジネススクール30校とのグローバルネットワークなどに特長があります。「GVT」は「Global Virtual Team」の略です。開講初年度には、カナダのバンクーバーで学ぶ提携校の学生たちと一緒に、インドのバンガロールに拠点をおく企業をクライアントとするプロジェクトを進めるという形式をとりました。今年度の「GVT」は、一橋ICSを含む海外提携校11校の学生によって編成される複数のチームがマルチパーティー型ネゴシエーションに取り組みます。いずれも、対面では一度も会ったことのない学生たちが、まさにグローバルな混成チームで、バーチャルにコミュニケーションを図りながらプロジェクトを推進するという学習体験を得ることができます。
―― 先進的なテクノロジーを活用することにより、教育現場ではどういった変化が起きていくのでしょうか。
藤川 従来、海外の提携校の学生とのコミュニケーションにはメールやSNS、ビジネスチャットツールなど多様な方法を用いていました。現在は「Microsoft Teams」に、テキストだけでなく画像データなども集約しています。これにより、例えば、プレゼンテーションやネゴシエーションの講義において、発表者の顔の表情などをAI(人工知能)で分析してスコア化するといった実験も始めています。
―― 少子化傾向により、日本国内では大学の生き残りが重要なテーマになりつつあります。ポストデジタル時代に求められる大学の条件とは何でしょうか。
藤川 大規模公開オンライン講座(MOOC)に代表されるように、インターネットの発達により、海外の有名大学の講義が日本にいながらにして受けられるようになっています。
これとは別に、一橋ICSでは海外の提携校とともに、入学予定者に対する共通のプレプログラムなどの開発にも着手しました。今後はさらに、受験を希望する人が誰でも受けられるプログラムなども開発したいと考えています。
近い将来、デジタルによって可能となるバーチャル環境を通じた学習体験と、リアルのキャンパスや教室における学習体験を統合したカリキュラムを通じて、地球規模の経営環境において活躍できるような人材が、どこでも育てられるようになります。そうなったときに、各大学は、それぞれの場所だからこそ何ができるのかを研ぎ澄ます必要があるでしょうし、それができる大学は、国内はもとより世界でも存在感を発揮できると思います。