DX時代に、教育現場が抱くべき危機感 デジタルネイティブな学生にどう対応するか
地球規模で「価値づくり」のあり方が大きく変化している
―― DXの流れが加速し、破壊的イノベーションが進んでいく中、企業を取り巻く経営環境にはどのような変化が起きているのでしょうか。
藤川 一口で言えば、「モノづくり」から「価値づくり」の時代になっていることです。新しい価値を創造する機会や、創造した価値に課金をする機会がさまざまなところで生まれています。
例えば、有名な配車サービスの会社は、車両を1台も保有していません。SNSプラットフォームでは毎日膨大な写真や動画、テキストが発信されますが、プラットフォームとなっている企業自身ではコンテンツを作っていません。民泊仲介やD2C企業など、いずれも自社でモノ作りもしないし、在庫も持ちません。しかし、今はこのような企業が価値作りの最先端にいて、人材や資金、データが集まるようになっているのです。
これまでは、企業が持つ経営資源を組み合わせて、いかに価値を最大化するか、すなわちバリュー・チェーンを前提とした世界観で経営をとらえてきました。また、前述した企業は、経済学でいう限界費用は限りなくゼロに近づいていますが、われわれはこれまで、限界費用がゼロ以上であるという前提とした世界観で経済をとらえてきました。
数十年前に提唱されたバリュー・チェーンやそれ以前から広く前提とされている限界費用などの「レンズ」を掛けて物事を見続けていては、世界の流れがますます見えなくなります。新しい価値を作る「レンズ」に掛け替えることが大切です。
―― 世界で起きている大きな変化に目を向けるべきということですね。
藤川 私は「SHIFT」、「MELT」、「TILT」というキーワードで変化を表現しています。「SHIFT(移行)」とは、世界経済がどんどんサービス化しつつあることを表しています。「MELT(溶解)」とは既存の業界の定義が崩れ、垣根がなくなっていくことです。「TILT(傾斜)」とは世界の経済の中心が北半球の先進国から南半球の新興国に移っていくことを表しています。このような状況でどのような「レンズ」を掛けるべきなのかが問われていると言えるでしょう。
単にデジタルへの置き換えでなく本当の意味でのDXに取り組むべき
―― 藤川先生は、一橋ICSのMBAプログラムディレクターとして、学びの場、教える場のDX(デジタルトランスフォーメーション)にも取り組んでいるそうですね。
藤川 地球規模でデジタルによる大きな変化が起きているときに、大学が今までどおりの教え方でいいのか、学びに来る人たちにとって、それでどれだけ役に立つのかという疑問や危機感があります。
一橋ICSに来る学生はフルタイムMBAプログラムで30歳前後、パートタイムのEMBAプログラムで40歳前後が中心ですが、学部生の場合、新入生はもう2000年以降に生まれている人たちです。学生がどんどんデジタルネイティブになってくる一方で、教えている側がデジタルイミグラントのままであるという現実があります。この現実を受け止め、大学そのものが、DXを進めていかなければなりません。
―― いちばんデジタルネイティブに近い教育現場こそDXにいち早く対応していかなくてはならないということですね。そのためには、どのような意識が必要でしょうか。
藤川 今やっている業務をデジタルに置き換えるだけでは、業務の効率化や省力化という観点でのメリットしか生まず、それはDXではありません。今の時代、「ビフォーデジタル」のレンズではなく、デジタルを前提としてリアルをとらえる「ポストデジタル」のレンズにかけ替えることが必要だと思います。
デジタルネイティブである学生にどのような学習経験を提供するのか。そのためには根本的にカリキュラムのあり方、学習を提供する側の組織のあり方、さらにはわれわれ教職員のマインドセットをどう変えなければならないのかというところまで捉えて、初めてトランスフォーメーションになると思います。