メルシャン「新ワイナリー」、熱烈人気の裏側 ブドウ畑と長野・上田市の理想的な関係

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垣根栽培・草生栽培だから豊かな自然を守れる

晩夏の爽やかな風が吹く中、独特の美しさを見せる椀子ヴィンヤード。その秘密が、ブドウの「垣根栽培・草生栽培」だ。食用のブドウ栽培の主流は棚栽培だが、本格的なワイン製造のために椀子では垣根栽培を採用している。これが自然環境保全に大きなメリットがあるのだという。

国立研究開発法人 農研機構西日本農業研究センター 傾斜地園芸研究領域
生物多様性利用グループ 上級研究員
楠本 良延氏
「ここ椀子が、周辺地域も含めた生物多様性の核となることを目指しています」と語る

「ヴィンヤードに多い傾斜地は、雨が降ると土壌が流出する恐れがあるので、流出を防ぐ目的もあり草生栽培を行います」。こう語るのは、農研機構西日本農業研究センターの楠本良延氏だ。「棚栽培では、上部が枝葉で覆われ、地面に太陽光が届きません。一方、垣根栽培では地面にもしっかりと日が当たるため、良質で広大な草原環境が生まれます。この点が、自然環境保全に大きな意味を持っているんです」

さらに草原ができることで、草原でしか生きられない虫やその虫を餌にする鳥がやって来て、生態系が豊かになるという。実際に椀子ヴィンヤードとその周辺では、絶滅危惧種の蝶・オオルリシジミの幼虫の餌となる「クララ」や、多様性の高い良好な草原環境の指標とされる「ツリガネニンジン」が目に入り、生物多様性が保全されていることがわかる。

楠本氏も「私たちの調査では、希少種を含む野生植物を288種、昆虫を168種確認しており、椀子の豊かな自然環境が世界に誇れるレベルだとわかっています。今年からは鳥や節足動物、土壌生物の調査も始めました。ヨーロッパでは、ヴィンヤードの自然環境は『植物・蝶・鳥』で評価されます。今後多様な生き物を調べることで、この地域の自然の豊かさをさらに明らかにできるはず」と期待を寄せる。

収穫されたブドウは、すぐに工場へと運ばれ樽詰めされる。このフレッシュさが重要だ(左)
ブドウ畑はもちろん、周囲もふくめて豊かな自然が広がっている(右)。中央が次ページに登場する「クララ」(中央)

ヴィンヤードの草原の学術的な生態調査は、国内では珍しく、その点でも注目が集まるだろう。また椀子ヴィンヤードの一角では、ボランティアとキリン社員によって、希少種・在来種の再生も行われている。

「ブドウ畑にある希少種の種を含んだ枯草を、ヴィンヤードの植生再生場所にまく活動で、着実に結果が出ています。また、椀子ヴィンヤードの周囲には良好な里山林が残っているので、草原の動植物が林へ、林の動植物が草原へ、と移動し交わりあう相乗効果も期待できるんです」(楠本氏)

椀子のワインを飲むことが自然を守ることにつながる

こうした草原は、今の日本では貴重な存在だ。「昔は肥料や家畜の餌として草が使われており、農山村を中心に草原のニーズがありました。1880年代には国土の約30%以上が草原でしたが、今は国土の1%ほどしかありません。草原は、人が利用し手を加えることで保たれてきた『二次的自然』。だからこそ絶滅危惧種を含む豊かな生態系が守られているんです」(楠本氏)。日本の草原が今、ワイン造りという新たな産業の下に守られ、生物の多様性をもたらしつつある。

椀子ワイナリーでは今、ヴィンヤードとワイナリーの見学、ワインのテイスティングを楽しめるツアーが人気を集めている。時季が合えば、草原の上でたわわに実ったブドウを見てからワイン造りを見学し、椀子のブドウで造られたワインのテイスティングを楽しめる。ワインと自然環境の密接な関係を、肌で感じられるのだ。

環境省、長野県指定の絶滅危惧種
(左上:ユウスゲ、右上:スズサイコ、左下:メハジキ、右下:ウラギンスジヒョウモン)

「今後も、椀子ヴィンヤードが地域の生物多様性の核になっていけたらと思います。全国の方に、椀子のワインを飲むことで自然環境が守れることを知ってもらえれば、こんなにうれしいことはありません」(楠本氏)

いいワインを追求する中で生まれた、椀子の地の豊かな草原。人々の暮らしと生業によって守られてきた里地里山の自然は、日本のワイン造りの未来とともに、より豊かになっていくことだろう。