
――多くの企業が働き方改革に取り組んでいますね。
佐藤 現状は、残業時間の上限規制への対応に主眼を置いている企業が多いです。働き方改革はもともと、一億総活躍社会の議論の中から生まれたものです。多様な人材が活躍できるような社会にすることが狙いで、その取り組みの1つが働き方改革なのです。
これまで日本企業が想定してきた中核人材は、フルタイム勤務でかつ残業できる人でした。今後は、さまざまな人材が能力を生かして活躍できるようにすることが不可欠です。そのためには長時間労働を解消するだけではなく、多様な人材が活躍できる働き方へと改革する必要があるのです。この点では、残業がない職場でも働き方改革が必要です。
"自分たちのため"の改革であると認識させる必要性
――働き方改革の真の目的を理解しないまま、取り組みが進められているということですね。
佐藤 そのとおりです。人口減少や少子高齢化が進む中では、企業は労働投入量を増やすのではなく、一人ひとりが時間生産性を高めることにつながる施策を打つべきです。
佐藤 博樹氏
専門は人的資源管理。法政大学経営学部教授や東京大学社会科学研究所教授などを経て、2014年より現職。東京大学名誉教授。政府の各種委員を歴任
しかし、多くの企業では、残業時間の削減のみの表面的な働き方改革に終わっています。解消すべきは残業ではなく、安易な残業依存体質であって、「仕事が終わらなければ残業すればいい」という考え方を改めるべきなのです。必要な残業かそうでないかをつねに意識して、社員各自が自ら時間の使い方を見直すこと、つまり時間意識の高い働き方への転換が、本来の働き方改革です。
何のための働き方改革か。その本来の目的を理解しないで、21時以降の残業禁止など機械的に残業時間を削減する取り組みでは、残業が減少しても、働き方は変わりません。残業があっても管理職から見えなくなるだけの場合も多いです。
例えば、残業時間が月40時間から20時間に削減できたある大手企業では、従業員の仕事満足度が低下しました。それは、従業員が働き方改革の目的を理解できていなかったからです。
管理職は、部下の仕事をカバーすることで労働時間が長くなっていたり、残業が当たり前の時代に育ったため、時間をかけた働き方をさせずに部下を育成する方法がわからず困惑していたりしました。中堅社員の中には、残業代が減ってしまうので得するのは会社だけだと思っている者や、いい仕事をするために一生懸命残業しているのに、早く退社するように言われるなどという不満を抱えている者がいます。若手社員では、早く一人前になりたいのに、仕事を覚える時間が限られてしまうといった不満がありました。こうした不満を解消し、本来の働き方改革を進めるには、社員が"自分たちのため"の改革であると理解できるようにすることが大切です。
――本来の働き方改革を実現するためには、何が必要なのでしょうか。
佐藤 大きくは2つあります。1つは、働き方改革は社員一人ひとりの人生の豊かさにつながるものだという認識を浸透させること。
もう1つは、残業時間が減って残業代が少なくなった分を、新たなインセンティブとして社員に還元したり、教育訓練機会の充実などに活用したりするなど、社員の誤解を解消することです。そのためにも、現場のリーダーである管理職が、働き方改革の主旨を理解したうえできちんと部下たちに説明し、時間意識の高い働き方への転換を支援する必要があります。
もちろん、今のビジネスモデルや仕事の現状を前提にしていては、生産性向上のみで解決はできません。管理職は生産性向上だけではなく、業務削減や仕事の仕方の見直しを同時に行わなければなりません。ただ、それにはトップの決断も必要になってきます。
例えば、福岡県に本社を置く、建設現場の足場のリースなどを行っている中堅企業は、有休取得率100%で、残業時間はなんと年間平均2時間です。それは、日曜日に足場の搬入を求めるような企業からの注文は受けず、取引先を分散し、社内では多能工化を促進するなど、ビジネスモデルや仕事の改革をトップが断行したから実現できたのです。結果、その企業は他社が人手不足で苦しむ中、優秀な人材を確保し、競争力の高い会社に生まれ変わりました。
働き方改革には、トップや管理職の意識改革が非常に重要になってくるのです。
――デジタル化の進展で、ITツールの活用が広がっています。
佐藤 業務内容の見直しや、場所に縛られない多様な働き方を進めるうえでも、ITツールの活用は効果的だと思います。また、社員の働き方だけではなく、価値観やキャリア志向の多様化などから、人事部門は従来のような従業員の一律管理が難しくなっています。さまざまな人材の多様な能力や個性を生かしつつ、効率的に管理をしていくためには、人材活用の面でもITツールの活用が必要不可欠になっていくでしょう。
これからの時代に求められる変化に対応できる能力とは?
――これからのビジネスパーソンには何が求められているのでしょうか。
佐藤 働き方改革は、「生活改革」でもあります。例えば、首都圏では通勤時間は平均往復2時間強、所定労働時間が8時間で残業を1時間した場合、平日には自分の時間を確保することができません。しかし、残業削減に加えて、定時退社日と残業をまとめてする日を組み合わせるなど、メリハリのある働き方を実現することで平日にも自分のための自由時間をつくれれば、子育てや介護、自分のキャリアアップのための学びなどに振り向けることができます。つまり、働き方改革によって、どのような生活を実現したいのかが、一人ひとりに問われているということです。
これから働く人に何が求められているのか。それは「変化対応行動」だと考えています。企業で働いていれば、いま自分に必要なスキルはわかります。しかし、10年後、今とは違うということは何となくわかっていても、実際にどのような仕事が生まれ、どのようなスキルが必要になるのかは誰にもわからないはずです。だからこそ、変化に対応できる能力が重要になってくるのです。
そんなときに求められるのが、「知的好奇心」と「チャレンジ力」、そして「学習習慣」です。つねに世の動きにアンテナを張って、どんな状況でも立ち向かうことを恐れずに、学び続けていく。そうした姿勢を持っていれば、どのような未来であったとしても、生き残っていくことができるでしょう。