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「学び直し」できない社員に潜む絶大な危険 社内の価値観に縛られている人に起こること

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  • シリーズ 働き方改革 新時代のリーダーたちへ 制作:東洋経済ブランドスタジオ「働き方改革チーム」

「人生100年時代」の到来が盛んに議論される昨今。ビジネスパーソンは誰でも、長期的視野に立って戦略的にスキルアップを図る必要性に迫られるようになった。そんな中で注目を集めているのが、社会人が最新の知識やスキルを学び直す「リカレント教育」だ。忙しい毎日の中で、社会人はどうスキルアップの戦略を立てればいいのか。そして企業は、人材をより効果的に活用するためにどのような施策を打つべきなのか。

三菱総合研究所で政策・経済研究センター長を務める武田洋子氏によれば、リカレント教育が注目される背景には大きく3つの要因がある。それは「少子高齢化」「人生100年時代の到来」「技術革新の加速」だ。

三菱総合研究所
政策・経済研究センター長
チーフエコノミスト

武田洋子

総人口が減少しているにもかかわらず高齢者が増えているというのが日本の現状。それは、労働人口の減少を意味する。定年を延長すれば一時的に人材不足をしのげるが、社会を支える人口が年々減っていく事実に変わりはない。一方、「人生100年時代」といわれるほど長い老後を生き生きと過ごすため、マルチステージで人生設計を立てる必要が出てきている。

そして、ビジネスパーソンにとっていちばん直接的な問題が「技術革新の加速」だ。「ルーチンワークの多くは、いずれ人工知能(AI)に代替される可能性が高いといわれています。逆に、人間にしかできない仕事は確実に残りますし、そうした業務をこなせる人材の価値はますます高まっていくでしょう。そうした付加価値の高い人材となるためには、つねに新しい知識をアップデートしスキルを習得し続ける姿勢が欠かせません」(武田氏)。

人手不足と人余りは「同時進行」する!?

現在の労働市場では、相反する2つの現象が同時に語られている。労働人口の減少による人手不足と、多くの職がAIに代替されることによる人余りである。人手不足と人余り、方向性は真逆に見えるが、いったいどちらが正しいのだろうか。

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2020年代後半からは、事務職と生産職を中心に人あまりの現象がおきると見込まれる。(数値は2015年対比)出典:三菱総合研究所「内外経済の中長期展望 2018-2030年度」

「答えは、『両方とも起きる』です。今後、労働市場で求められるスキルと、実際にビジネスパーソンが持っているスキルにミスマッチが生じるからです。職種別の労働力需給のバランス推移を分析したところ、2020年前半までは人手不足が深刻化しますが、その後事務職では人余りが顕在化していく一方で、専門技術職では人材が不足するという予測が立ちました」(武田氏)

上記の表によれば、2027年までに「専門技術職」以外の人手不足が解消するのは、AIやロボットをはじめとするテクノロジーの力が人手を補って余りあるからだ。人間でなくてもできる、つまりAIに代替されやすい業務から、人間でなければできない業務へと人材をシフトさせていく必要がある。これは、特定の業種・業界ではなく社会全体の課題だろう。

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近い未来、多くの仕事がテクノロジーに侵食される。出典:三菱総合研究所「内外経済の中長期展望 2018-2030年度」

「実は、現在の日本には、マニュアル化・ルーティン化されやすい業務に人材が偏在しているのです。どれだけ多くの人が、AIやロボットに仕事を取って代わられない創造的な業務を担える人材を増やしていく必要があります」と武田氏は力を込める。

ではわれわれビジネスパーソンは、具体的にどのような対策を取ればいいのか。その1つの答えが「リカレント教育」、新しい時代に求められる知識やスキルを学び直す教育を受けることなのだが、今の日本では、ビジネスパーソンが学び直す機会はほとんど用意されていない。

今でこそ、採用や雇用における慣習は変化の兆しがあるが、それでも新卒一括採用や、年功序列、終身雇用という文化が深く根付いている企業もまだ多い。そういう企業にいるビジネスパーソンは、学び直す「動機がない」のである。

「日本には、こうした『学び直し』の文化がほとんど育っていない、厳しい状況。企業が人材育成の一手段として、リカレント教育を活発化させる必要があります。三菱総合研究所としては「FLAPサイクル」、すなわち「Find(知る)」「Learn(学ぶ)」「Act(行動する)」「Perform(活躍する)」という一連のプロセスを、企業と個人の両者が回し続けることが大切だと考えています」

「FLAPサイクル」で凝り固まった価値観をときほぐそう。出典:三菱総合研究所「内外経済の中長期展望 2018-2030年度」

まずビジネスパーソンは、どのような知識やスキルを持つ人材が求められているのか、そして自分の適性はどこにあるのか、希望する職種とのギャップはあるか、こうした現状を明確にすることから始めよう。これが「FLAPサイクル」の「Find」である。

「多くの人は、自分が属する会社や業界の中でのみ通じる、狭い価値観にとらわれています。まずは視野を広くして、ここから抜け出すことが大事。そして、そのギャップを埋めるために、リカレント教育を実践する『Learn』のプロセスに入っていきます」(武田氏)

ここでは企業側も、効果的かつ効率的な学習を後押しすることが必要。例えば職業訓練支援や自己研鑽のための休暇制度を活用するなどの方法が考えられる。「最近は『EdTech』(エドテック)という新たな教育方法も登場しています。これはEducation(教育)とTechnology(テクノロジー)を掛け合わせた概念で、テクノロジーの力でより便利に多様な学び方を実現、そして深い学習効果を得られるというものです。すでにたくさんのサービスが世に出ています」(武田氏)。

「Perform」できている企業は伸びていく

そして、得た知識を生かして実際に新たな仕事に就いたり、業務の幅を広げたりするのが「Act」のプロセスだ。残念なことに、日本企業では学び直した事実もその内容も、評価されにくい傾向がある。例えば海外留学のために退職すればキャリアは断絶される。戻っても評価されるどころかむしろ重要な職から遠のくケースさえある。リカレント教育のモチベーションを上げるためにも、企業は学び直しをしっかりと評価し、それを生かす仕事とポスト、そして相応の処遇を与えることが必要だ。

三菱総合研究所 政策・経済研究センター長・チーフエコノミスト。ジョージタウン大学公共政策大学院修士課程修了。1994年日本銀行入行。2009年三菱総合研究所入社。2017年10月より現職。専門は国際金融、マクロ経済、公共政策。財政制度等審議会委員(2015年~)、産業構造審議会総会委員(2017年~)、労働政策審議会労働政策基本部会委員(2017年~)、産業構造審議会 2050経済社会構造部会委員(2018年~)、働き方改革フォローアップ会合構成員(2018年~)等に就任

「リカレント教育によってスキルアップした人材が、実際に仕事で目覚ましい活躍を遂げる『Perform』の段階に入れば、その成功に続きたいと後を追う人が増えていくでしょう。こうした職場は、学び続けてスキルアップする雰囲気が生まれ、リカレント教育が定着していくはずです。逆に、優秀な社員がいても、そのスキルを活用したり意欲に報いたりしない企業は、今後優れた人材を集められなくなり、競争力を失っていくのではないでしょうか」(武田氏)

もはや、終身雇用を餌に人材を囲い込むような時代ではない。企業の継続的な繁栄を本気で考えるなら、社員を積極的に外に出して育てたり、あるいは社外で育った異質な人材を獲得したりするといった発想が求められているのである。