ダイキン新卒100人「仕事しなくてOK」のなぜ AI人材争奪線とは一線、自前育成の大胆戦略

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「ダイキン情報技術大学」で学ぶ新入社員
「2年間、仕事はしなくていい」。本来なら言うはずのないそんな言葉を新入社員に言い切る会社がある。空調メーカーのダイキンだ。だが、2年間仕事をしない代わりに大きな使命があるという。それはAI分野の技術開発や事業開発を担う人材を育成する社内講座「ダイキン情報技術大学」で学ぶこと。企業内大学を設立したダイキンの大胆な人材育成戦略を探った。
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高度IT人材の獲得競争が熾烈になっている。AIやIoTが既存のビジネスを大きく変えるといわれる中、その流れに乗り遅れまいと企業がAI、IoTに対応できる人材の獲得を急いでいるからだ。だが、優秀な人材は外資系企業に取られるなど、思うように人材が獲得できないと頭を悩ませる企業は多い。

ただ、ここにきて、手をこまねいて待っている企業ばかりではなくなってきた。自社で高度IT人材を育成する企業が出始めているのだ。空調メーカーのダイキンも、その1つ。同社の技術開発拠点がある大阪・摂津市のテクノロジー・イノベーションセンター(TIC)を訪ねた。

世界最先端の研究設備を備えるTICの一画で、100名の若手が4~5人ずつテーブルを囲んでいる。ダイキンが2017年に設立した「ダイキン情報技術大学」の講義風景だ。18年入社の新卒社員351人のうち、理系出身の希望者100名が学んでいる。期間は2年。その間は特定の事業部門に配属されることはなく、学ぶことに専念するという。

データはあるが、分析できる情報系人材が不足

なぜダイキンは、企業内大学を設立したのか。ダイキン情報技術大学の設立と運営に携わるテクノロジー・イノベーションセンター管理グループ担当課長の山下かおり氏はこう話す。

ダイキン工業
テクノロジー・イノベーションセンター
管理グループ
担当課長
山下かおり

「当社の課題となっているのが、情報を活用したコトづくりやソリューション開発の強化です。空調事業や化学事業を行うダイキンには、さまざまなデータが蓄積されていますが、それらを分析できる情報系人材が不足していました」(山下氏)

とはいえ、多くの企業が即戦力を求める中、自前で育てる選択をしたのは大きな決断だ。同じくテクノロジー・イノベーションセンターで管理グループ担当課長を務める下津直武氏は、こう続く。

「AI人材の争奪戦が激しくなり、他社から引き抜こうとすると、報酬を上げなければなりません。一般社員と異なる給与体系にする必要がありますし、長く居続けてくれる保証もない。ならば、一から育てたほうがいいと考えたのです」(下津氏)

企画から実現までわずか1年という驚異的なスピードで開講までこぎつけることができたのには、高度IT人材の育成を重視するダイキンの経営陣の後押しが大きかったという。資金が必要なのはもちろん、人も時間もかかるため、トップの思い入れがなければなかなかできないことだ。

ダイキン工業
テクノロジー・イノベーションセンター
管理グループ
担当課長
下津直武

「目指すのはΠ(パイ)型人材の育成です。つまり、機械や化学といったドメインの知識を持ちつつAIやIoTの専門性を持つ人、さらに社内の現場の人とAIやIoTの専門家をつなぐ人です。情報系の大学院修士以上の知識を持ち、課題解決できる人材に育てるには、修士と同じ2年間は必要だろうと考えました」(下津氏)

「ダイキン情報技術大学」では、1年目は座学が中心で基礎を固める。17年7月に情報科学分野で包括連携契約を締結した大阪大学の教授が教鞭をとることに加え、ダイキンのシステム担当者など社員が講義を受け持つこともあるという。2年目は、社内の各部門で現場の課題に取り組む演習が中心となる。4カ月ごとに3クールで複数の部門を体験する。

単に最先端の知識や技術を詰め込むのではなく、自社事業を意識しながら教えられる点が企業内大学のメリットと言える。

「受講生の同期社員はすでに現場に配属され、上司や先輩の指導やケアを受けています。受講生は直属の上司や先輩がいないぶん、ダイキン情報技術大学の事務局スタッフがこまめに面談や声がけをするほか、受講生が日報代わりに書き込む社内SNSなどを通じてフォローをしています。こうしたやり取りの中で感謝を伝えてくれる受講生も多く、帰属意識の高まりを感じますね。知識が身に付くだけでなく、人とのつながりや信頼関係が構築できることも、企業内大学の大きな教育効果だと思います」(山下氏)

受講生たちはどんな思いで「ダイキン情報技術大学」への入学を希望し、学んでいるのだろうか。大学院で化学を学んだという女性は、「ダイキン情報技術大学」への入学を希望した理由をこう話す。

「ダイキン情報技術大学が始まると知ったのは、入社後の集合研修でした。当初はAIやIoTが会社の事業とどう結びつくのかがよくわかりませんでしたが、トップのメッセージから、会社がこの分野に力を入れていることを感じ取り、受講を希望しました。私は学生時代から環境や安全に興味があるので、身に付けた知識や技術を基に、工場の安全や安心に貢献できたらと考えています」

同じく大学院で光学を専攻していた男性受講生は、こう話す。

「まったく新しい分野を勉強するうちにどんどん楽しくなってきました。ここで身に付けた知識を先輩や同期に伝える役割ができればと思っています。来年度からは部門演習が始まりますが、現場にいる人たちが大切にされていることがあるはず。そこを大切にしたうえで、自分の考えや知識を伝えられたらと思っています」

将来、自社の中で技術を生かすという目的意識をしっかりと持ちながら学んでいる受講生たち。ダイキンでは、こうした人材が持つAIやIoTの知識を確実にビジネスに生かす仕掛けも忘れてはいない。

「既存社員向けにAI技術開発講座・AIシステム講座の研修、マネージャー層向けにAI人材マネジメントの研修も行っています。このように『AI技術専門の新入社員』『AIビジネスの推進者となる既存社員』『AI人材マネジメントを行うマネージャー』というピラミッド型の階層をつくり、会社を変えていこうと考えているのです」(山下氏)

AIやIoTの活用で空気、空間の新しい価値創出へ

受講生が学んだAIやIoTの知識や技術は、現時点でもさまざまな活用例が想定できるという。

すでにダイキンでは、AIの活用を専門とするベンチャー企業と協業し、エアコンの修理業務にAIを導入しようと試みている。窓口に入ったユーザーからの修理依頼に基づいて、エンジニアが現場に持参すべき部品をAIが推奨するシステムを導入しようとしているのだ。

修理の際、エンジニアが必要な部品を持って行っていなければ、ユーザーの家を再度訪問しなければならない。適切な部品を持っていれば修理を1回で終わらせることができるため、AIシステムを使って修理の一発完了率を高めようというわけだ。それは、ユーザーの負担を減らすとともに、効率の良い修理体制の構築にもつながる。

さらに将来的には、販売データや修理実績に基づいて、現在使われているエアコンの状態を把握し、発売年やモデルごとの故障傾向をつかみ、問題が起きる前に保全や更新の提案ができる可能性があるという。

エアコンがわれわれの生活インフラになりつつある中、こうしたことをAI、IoTの活用によって実現することができれば、エアコンが止まることなくつねに快適な空気、空間を実現できるようになるかもしれない。

またダイキンは、その空気・空間の「新たな価値」の創造にもAI、IoTを活用しようとしている。18年2月には、オカムラやソフトバンク、東京海上日動火災、三井物産、ライオンなどと共同で、各社が保有する最新テクノロジーやデータ、ノウハウを活用する協創プラットフォーム「CRESNECT(クレスネクト)」を開設。「未来のオフィス空間づくり」に挑戦している。

単に涼しい空間、温かい空間をつくるだけでなく、仕事がはかどる空間、アイデアが思い浮かぶ空間、健康になれる空間などの付加価値がある空間の創造を目指して、オフィス空間での実証を予定している。今後は、オフィスにとどまらず病院、教育施設、住空間など、さまざまなシーンで求められる理想の空気、空間の創出を目指し、AIやIoTを活用していきたい考えである。

大事に育てられたAI、IoT人材が、どうダイキンを変えていくのか。非常に楽しみである。

「AI人材育成をはじめとしたダイキン独自の様々な育成プログラム」

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