東大とダイキン、包括提携の意外 異質なもの同士の連携で目指すこととは?

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左から東大の総長・五神氏、ダイキンの会長・井上氏
2018年12月、東京大学とダイキン工業による「産学協創協定」が締結された。東大は、これまでも大手電機メーカーなどと企業連携を進めてきた。しかし、今回は10年間という長期にわたる包括的な連携であり、その規模も100億円と過去最大になる見込みだ。国内随一の頭脳集団、東大ならば連携相手に不足することはないはず。その相手にダイキンを選んだ理由とは。

「お世辞にも頭脳集団とは言えない野性味で成長してきた当社が、上品で国内最高の頭脳集団である東大と連携なんて本当に厚かましいと思うがわくわくしている」

ダイキンの会長・井上礼之氏は、共同会見の質疑応答でこう語り会場の笑いを誘った。だが、東大総長の五神真氏は「世界を舞台にしたダイキンのビジネスに興味を持ち、大学との連携を進めたいと思っていた」と話し、今回の連携が、そもそも東大が持つ高い問題意識にダイキンが応える形で実現したものであり、一昨年から調整を続けてきたことを明かした。

現在、東大では国際連合が採択した持続可能な開発目標「SDGs(Sustainable Development Goals)」の達成に向けて、誰もが活躍できるインクルーシブな社会づくりを目指す「未来社会協創」を実現しようとしている。そのパートナーとして選んだのがダイキンだ。東大の五神氏は、理由についてこう語る。

東京大学 総長 五神真

「ダイキンは、SDGsやESGの取り組みにおいて先進的な経営を実践されており、『未来社会協創』の実現という点でオーバーラップすると考えました。

しかも、ダイキンは空気と環境に立脚する技術開発に長年取り組まれており、空調世界ナンバーワン*を実現されています。こうしたダイキンが持つ技術や、グローバルでのプレゼンスが、未来社会における地球規模の社会課題を解決するうえで必要と考えました。

さらに、本学においても海外との連携は重要になっており、真に国際的な感覚を身に付けたリーダーを輩出するため、グローバル戦略に力を入れていかなければなりません。その点でも、グローバル展開を短期で成功させたダイキンの力をぜひともお借りしたい。今回の取り組みは、東大のグローバリゼーションにも寄与するものだと考えています」

また、両者が連携するに至った背景として、ダイキンの井上氏は「人を基軸とする経営理念を掲げるダイキンと同じく、東大にも人材を大切にする風土がある。『一人ひとりの力を合わせて思いを連鎖させる』という意味合いが強い『協創』という理念を両者ともに掲げていたことも大きい」と語った。

*富士経済「グローバル家電市場総調査2018」調べ グローバル空調メーカーの空調機器事業売り上げランキング(2016年実績)

「空気の価値化」軸にイノベーション創出を目指す

今回の提携で中心となるテーマは「空気の価値化」だ。「空気の価値化」とは、従来の空調機器が担っていた温度や湿度の調整のみならず、空気に関する技術やビジネスを生み出し、新たな価値として顕在化させ、ビジネスや社会貢献といったさまざまな形で社会に提供していくことを指すという。

例えば、最高の癒やしの感覚を与えるリビング。集中力を上げて業務効率を高められるオフィス。よく眠ることができる寝室などだ。温度や湿度、気流、清浄度、香り、光、二酸化炭素濃度など、さまざまな要素をコントロールすることで、こうした空気・空間を実現できるという。ダイキンの井上氏は、こう話す。

ダイキン工業 会長 井上礼之

「かつてシンガポールのリー・クアンユー初代首相は、1950年ごろより世界に普及したエアコンを『20世紀最大の発明』と称賛しました。エアコンは熱帯地域での労働環境や生活者の暮らしを改善させ、新興国の経済発展に大きく寄与したからです。この空気を冷やすことで実現した70年前の『空気の価値化』を再び起こそうというわけです」

例えば、エネルギー問題1つをとってみても、オフィスビルの消費電力の約4割が空調機器に由来している。さらに、IEA(国際エネルギー機関)によると、世界のエアコン需要は今後30年で3倍に拡大し、それに伴いエネルギー需要が急速に増加すると予想されており、省エネ化は空調メーカーの大きな責務となっている。新たな冷媒や空調技術を開発できれば、地球規模の課題解決にまさに直結する。

これを今後は、空調にとどまらず「空気」と広く捉えて、そこに新たな価値を付加することでさまざまな社会課題を解決していこうとしている。

「『空気の価値化』をさらに推し進めるためには、自前主義を脱却し、真のオープンイノベーションを実現しなければならないと感じておりました。グローバルな競争に打ち勝つためには、AIやIoTの活用など空調事業以外の領域への拡大も必要であり、東大との協創を起爆剤としてかつてないイノベーションの実現に挑戦したいと考えています」(ダイキン・井上氏)

「空気の価値化」を軸に連携を進めていく

東大の五神氏も「『空気の価値化』は、本学が取り組む研究、教育テーマすべてと密接につながる」と大きな可能性を見いだしている。中でも、両者が口をそろえて強調したのは、イノベーションは異質なもの同士の連携からしか生まれないということだ。

東大は東京拠点で、包括総合的に研究・教育を行う、国の中枢とも深く関わる国内最高峰の頭脳集団。一方、ダイキンは大阪拠点で、グローバル150カ国で事業を展開する専業メーカーであり、実行力と行動力がある。まさに異種の融合で、従来の産学連携の枠組みを大きく超え、組織全体で協創を進めていくという。

東大とダイキン、自由に行き来できるキャリアパス構築

今後は、「『空気』に関わる未来ビジョンの協創」「『空気の価値化』を軸とした未来技術の創出」「ベンチャー企業との協業を通じた新たな価値の社会実装」の3つのプログラムを進めていく。

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例えば「ベンチャー企業との協業を通じた新たな価値の社会実装」では、新技術や独創的な発想をいち早く社会に実装する担い手であるベンチャー企業と協業。新事業の創出を加速させることを目指す。

現在、東大関連のベンチャー企業は約350社あり、独自技術はもちろん魅力的な人柄を持つ起業家が多いという。「『一緒に仕事がしたい』と思える人としての魅力や着眼点を重視し、互いに信頼関係を構築しながら協業を進める」。

そう井上氏が語るとおり、ダイキンはベンチャー企業が求めるならばファーストカスタマーの紹介や生産設備、ノウハウ、人材交流の場などさまざまなリソースを提供する考えだ。さらに、協業の余地が大きいと判断した際は、M&Aや直接出資の実行などの意思決定も迅速に行っていく。

何より、こうした取り組みへの本気度を示しているのが、組織対組織の本格的な人材交流だ。五神氏、井上氏の両トップをはじめ、東大のあらゆる分野の教員や起業家、ダイキンのさまざまな部門の社員が、それぞれの組織を自由に行き来し、知見の共有や共同研究ができる働き方、キャリアパスを構築する。

これまで東大では、研究者が他大学や公的研究機関など2つ以上の組織に所属して研究、開発、教育に取り組むことのできる「クロス・アポイントメント制度」の運用が主であった。だが、今回はこれまでほとんど例がない民間企業との間の人材交流にも、本格的に取り組む方針であるという。

さらに、150カ国以上で事業を展開するダイキンのグローバル拠点を活用し、学生が世界各地域の文化・風土の違いを踏まえて事業提案を行う世界1周インターンシッププログラムも実施するという。ビジネスの最前線に立って空気・空間に関わる社会課題に触れ、グローバル事業や技術、商品の戦略などを具体的に提案してもらうという。

このように東大とダイキンのあらゆる層で人材交流を進め、頭脳、知恵、経験、人脈をシェアすることで、成果の持続的創出を実現する考えだ。

「多くのプロジェクトは3年、5年という期間ですが、その短さではパラダイムシフトをもたらすイノベーションには取り組みづらい。10年という長期にわたるダイキンとの『協創』では、これまでと質的に異なる取り組みができると考えています」(五神氏)

産学連携というと、名ばかりで具体的な成果もなく終わってしまうものも少なくない。だが、この提携に可能性を感じるのは、トップ同士が心から意気投合していることである。それだけに投資金額も100億円と破格であり、各施策も具体的だ。人材交流でいえば、組織のすべての人を巻き込むこれまでに類を見ないレベルと言っていいだろう。

未来の空気は、私たちをどのような居心地にさせてくれるのか。東大とダイキンの連携が世界中にイノベーションを巻き起こす可能性がある。両者の取り組みから目が離せない。

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