逆境から大逆転、ダイキン救った専業の執念 事業撤退の危機をどう乗り越えたのか?

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ロングセラー商品「うるさら7」R32搭載モデルの量産開始を記念して撮影された当時の写真。その初代が発売される前、ダイキンのルームエアコン事業は撤退の危機にさらされていたことをご存じだろうか
「無給水加湿」という言葉を聞いたことがあるだろうか。そもそも湿度とは、空気中の水分量がどのくらいあるのかを指す。だから部屋を加湿するには、水を使って空気中の水分量を上げるのが最もシンプルな方法だ。それを面倒な給水が不要で、自動で加湿をやってのけようというのが「無給水加湿」である。いまや、ダイキンの最高機種をはじめとしたエアコンに搭載される憧れの機能となっているが、その開発には知られざる苦悩と、絶対に譲ることのできないこだわりがあった。

いま最新のエアコンには、温度制御などの基本機能のほかにさまざまな機能が付いている。高級機種となれば、空気清浄機能や換気機能、自動掃除機能などを備えたもののほか、各社からAI(人工知能)を搭載した新製品が出ている。

そうした中で、変わらず湿度にこだわり続けているのがダイキンだ。湿度が高くなる夏場向けの除湿機能を備えたエアコンは一般的だが、乾燥する冬場向けに加湿機能があるのがダイキンのエアコン「うるるとさらら(以下、うるさら)」である。

そんな、いまでこそダイキンの看板商品となっている「うるさら」だが、1998年の初代「うるさら」発売直前には、同社のルームエアコン事業は撤退が検討されていたことをご存じだろうか。

「湿度」こそ差別化のカギと考えた理由

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ダイキンは、1951年に日本初のパッケージ型エアコンを開発して以来、業務用空調事業で高いシェアを誇ってきた。しかし、その後に進出した家庭用市場では大きな存在感を示せずにいた。

市場でのシェア、一般ユーザーへのブランド認知度ともに低空飛行の状態が続く中、家電量販店でルームエアコンを買うのが当たり前になり、住宅設備専門店のルートを主な販路としていたダイキンは大きな打撃を受けていたのだ。シェアは10%未満で、ルームエアコン事業は赤字に転落。「ルームエアコンから撤退し、業務用エアコンに絞るべき」という声が社内外から聞こえるようになっていた。

「世の中があっと驚くような商品をつくれ!」。ダイキンの経営陣からルームエアコン開発チームに対し、そんな檄が飛んだ。一体どうすればいいのか――。開発チームの誰もが、ルームエアコン事業の進退がかかっていることを痛感し、頭を抱えていた。

「市場のメインテーマとしては、ちょうど『省エネ』が注目され始めていました」。そう振り返るのは、当時から現在まで一貫してルームエアコンの商品企画を担当しているダイキンの村井由佳氏だ。省エネ製品で電気代が節約できる、そんな切り口で需要を喚起していた時代である。

空調生産本部 商品開発グループ
村井由佳

しかしダイキンは、省エネは当たり前であり、あっと驚く商品にはならないと考え、ユーザーの使用感にも着目した。

「市場調査を重ねるうちに、暖房使用時に室内が乾燥することに不満を抱く方がとても多いことに気づいたのです。消費者がエアコンを嫌う理由が『乾燥』であるならば、空調の専業メーカーである私たちが解決しなければならない。

そこであらためて、空調の4要素『温度・湿度・空気清浄・気流』と向き合い、『乾燥』という消費者の不満を解決する『湿度』にこだわり抜いた商品をつくれないかと考えたのです。他社にはできない、空調の専業メーカーだからこそつくれるオンリーワン商品をつくろうと、それが現場が出した結論でした」(村井氏)

当時は、省エネに次いで、健康という観点から加湿器や除湿器が家電として本格的に登場し、人気を獲得していた時期でもあった。とはいえ、加湿ができるエアコンなんて誰も見たことがない。しかも、経営陣から提示された新製品発売までの期限は、たったの10カ月と、通常では考えられないほどタイトなものだった。

空調生産本部 小型RA商品グループリーダー
主任技師
岡本高宏

当時の開発チームのメンバーで、現在は空調生産本部の主任技師を務める岡本高宏氏は「冷暖房両用のエアコンが主流になる中で、『乾燥』という暖房の課題をどう克服し湿度をコントロールするか。そこで現場がひねり出したのが、『無給水加湿』という技術だったのです」と話す。

部屋の中ではなく、部屋の外に着目、屋外の空気の中に含まれる水分を室外機で集め、それをヒーターで加熱し、部屋の中へ移動させるという仕組みを考え出した。

「もともと除湿器には、水分をローターという吸着材に集めて除湿するデシカントという仕組みがありました。それを逆に考え、加湿の発想に変えたのです。無給水加湿という独自技術を成立させるのが最初の課題となりましたが、どう工夫すれば必要な加湿量を確保できるのか。困難を極めました」(岡本氏)

空調専業メーカーとして長年の実績があるダイキンにとっても、これまでにない新しいエアコンをつくるという前人未到のチャレンジだから当然だ。だが、開発が始まって3カ月後には、成功の糸口が見え始める。

試作品の試運転時に吹き出し口の湿度を測ると、わずかでも確実に加湿できていることがわかったのだ。「私たちのやり方は間違っていない」、そう確信した瞬間だったという。そこから急ピッチで開発が進められ、当初の予定どおり10カ月で発売にこぎつけた。

シロッコファンが水分子を含んだ空気を集め、吸い込まれた空気からデシカント(乾燥材)が水分子だけを集めて室内機に送る

社運のかかった製品だ。もちろん、性能だけでなく、ネーミングにも工夫がなされた。これまでのエアコンとまったく異なる機能、湿度コントロールにこだわったことを表す名前――そこで生まれたのが「うるるとさらら」だ。うるるは加湿、さららは除湿を意味している。冬は乾燥、夏は多湿という日本で快適に過ごすには、湿度調整が大切であることを消費者に訴えたいという思いもあった。

全社一丸となって売り出した「後の看板商品」

村井氏が語る。「『うるさら』には、空調専業メーカーとしてのプライドをかけ、すべての部門が一致団結して取り組みました。このままではダイキンのルームエアコンはなくなってしまう、なんとしても成功させたい。そんな思いが危機をチャンスに変えたのだと思います」。

近年は、高気密高断熱の住宅が増えていて外気の影響を受けにくくなっている。エアコン使用時、夏であれば温度が上がりにくく涼しさを保てる、冬は温度が下がりにくく、暖かさを保てるようになっている。ただ、空気中の水分量(絶対湿度)は変わらないため、そのままだと夏は湿度が高く、冬は湿度が低くなってしまう。

だから、湿度コントロールの必要性が高まっているという。中でも、2018年の記録的な猛暑は記憶に新しいところ。高温多湿を極める日本の夏、体調維持や快適な日常生活のためにも、エアコンは必要不可欠だった。もはやエアコンは、ライフラインになったと言っても過言ではないのだ。

「最新の技術を活用して、どう快適な空気・空間を実現できるのか。快適な状態は、こんな空気だとダイキンが答えを出したい。今後も湿度コントロールを追究し、試行錯誤を繰り返しながら磨きをかけて、その答えの本質に迫っていきたいと考えています」(岡本氏)

空調の4要素は「温度・湿度・空気清浄・気流」だ。この4要素をすべてコントロールできなければ快適な環境はつくれない。だから、湿度コントロールまでやってのけるのが空調専業メーカーの使命、というのがダイキンの答えなのだろう。ダイキンの最大の危機を救った「無給水加湿」に続く、新たな技術に今後も期待したい。

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(この記事広告は、2018年11月に公開したものを再編集しています)

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