テクノロジーが切り開く新しい教育のカタチ 教員の働き方改革で「新しい価値創出」へ
小宮山:東京・渋谷区では、リクルートが提供するWEB学習サービス「スタディサプリ」を公立の小中学校すべてに導入しています。かつて、子どもたちの学力の分布を1つの教室で考えてみると「ひとこぶラクダ」で、真ん中の層が最も多かった。しかし、近年は「ふたこぶラクダ」になっています。そうなると、教員はどこに焦点を当てた授業をすればいいのかわからない。このような状況においては、デバイスを使って個別習熟度別に学習ができる環境を整えることは、教員の助けになるはずです。
スタディサプリは効率化にも役立ちます。例えば、丸つけはボタン1つ押して1秒で終わります。活用を進めることで、教員の負担をかなり軽減できるようになるのではないでしょうか。そうなれば、教育の質も上がる、つまり、子どもの学力向上と教員の働き方改革は密接な関係があるということです。
ただ、今回の調査で、教員の世代によってAIやICTに対するリテラシーに、ギャップがあるということがわかりました。教育現場で普及させるためには、使い慣れていない教員に、いかに受け入れてもらうのかという点がカギになるでしょう。
松田:校務や学習への活用は進みつつありますが、今回の調査では、子どもの人格形成や地域との関わりなどの面では「AIやICTは有効に機能しない」と考える教員が多いようでした。しかし、技術的には可能なんだと思います。教員がICTやAIの潜在的な可能性に気づくことができるような斬新なAI利活用モデルを、ぜひつくば市で作って、ブレークスルーにつなげたいです。
一方で、そもそも教員に課せられた仕事や役割が大きすぎるという議論もあります。そこはAIやICTというより、全体の土俵の問題です。どこかで線引きしないといけないでしょう。
五十嵐:教員個人が判断で悩まないようにするために、全体の線引きは必要ですね。例えば、つくば市教育委員会が夏季および冬季に開催してきた「つくば市近隣中学校球技大会」を廃止しました。このような大会は各校調整など労力もかかります。各校で集まってやりたいという声もありましたが、要望に応えてすべて継続していたら、総論は賛成でも各論は反対ばかりになり、結局何も変えられなくなります。運動部活動についても、朝練禁止、週2日休み、平日は2時間までというルールを作りました。県が示した基準よりも厳しくし、大会前でも例外なく、教員や子どもたちには、しっかりと休みを取ってもらいます。
ほかにも、これまで教員がかなりの時間をかけて行っていた、市役所から各小中学校への文書集配作業をアウトソーシングしたり、特別支援教育の支援員を大幅に増員したりと、ICTやAIに頼らない改善も積み上げています。
ティーチングからコーチングの時代に
――AIやICTの活用で教員の働き方が改善されると、教育はどう変わるのでしょうか。
小宮山:教員の役割として、「教える」という部分が小さくなっていくはずです。宿題は自動配信で、デバイスを見れば、子どもたちがどこでつまずいているかが瞬時にわかる。そのぶん子どもの潜在能力ややる気を引き出すことに時間を割けるようになります。教員も、そのような子ども一人ひとりにより深く向き合うことに比重を置きたいのではないでしょうか。
五十嵐:私も、教員の仕事はティーチングからコーチングに移っていくとみています。昨年視察したオランダのイエナプラン教育では、教員はグループリーダーとしてティーチングとコーチングを明確に使い分け、知識をインプットする場面でも、一方的に教え込むということはなく、少人数のグループで対話をしながら子どもたちの学びを促していました。つくば市は、小中一貫教育を行っていて、9年間でこういう人になってほしいという理想があります。ただ、もっと大事なのは、1年生なら1年生、2年生なら2年生というように、その時点で本人が楽しいと思える学びができる環境を整えることです。教員が子どもたち一人ひとりと向き合って、コーチ的な役割を果たさなくてはいけない。教員の働き方改革で、そうした時間ができたらいいですね。
松田:そのような、教え方そのものが変わるほどの改革を進めていくためには、教員集団の中でイニシアチブを取って特殊な専門的知識を活用できる、企業の方などが「兼業教師」として連携、協働するような仕組みも有効ではないかと思っています。ゲストや支援員という程度の関わりでは厳しいと思います。大学ではすでに、民間企業の研究者に兼業してもらうクロスアポイントメント制度が取り入れられています。日本の小中学校ではハードルが高いかもしれませんが……。
小宮山:実際、フィンランドでは兼業の教員がいます。
五十嵐:子どもの未来と関わる仕事は、本当に価値があると思っていますし、教員の仕事はとても尊い。社会経験の豊富な人が教育現場に入ることで、より生きた学びにつながると思います。
小宮山:いま求められているのは、単なる知識にとどまらない「生きる力」です。子どもたちが生きた学びの機会を得られるように、今回のプロジェクトをはじめ、リクルートとして引き続き教育現場をサポートしていきたいですね。
「新しい価値創造」に必要不可欠な視点
「働き方改革の本質とは何か」。「そのような改革はどうすれば実現可能なのか」。この2つの問いに対する答えをひもとくため、リクルートグループの先進的な事例を3回にわたって掲載してきた本連載。すべての事例に共通するのは、コラボレーションがあるということ。それも、「ベテラン×若手」「人事×テクノロジー」「教育×テクノロジー」という、一見すると互いに遠い存在だとみられがちなものがうまくかみ合い、よい方向へと向かっているという点だ。決して簡単なことではない。ただ、働き方改革を、労働時間短縮や残業時間削減といった個々の施策を超えた「新しい価値創出」につなげるためには、必要不可欠な視点だ。そのような意味において、同グループの取り組みは、働き方改革を推進する企業にとって、参考になる部分もあったのではないだろうか。