テクノロジーが切り開く新しい教育のカタチ 教員の働き方改革で「新しい価値創出」へ
*肩書は取材当時。「リクルート次世代教育研究院」は2019年5月より「スタディサプリ教育AI研究所」へ名称変更しました。
――今回のプロジェクトが始まった背景を教えてください。
小宮山:リクルート次世代教育研究院は、2016年10月、東京学芸大学とともに、AI時代に求められる学びや教員養成について共同研究するプロジェクトを立ち上げました。その中で浮上してきたのが、教員の過重労働という問題です。労働者の時間外労働は月45時間以内が原則です。ところが、文部科学省の「2016年度教員勤務実態調査」によると、小学校の約8割、中学校の約9割の教員がこの上限を超過しています。
2020年には小学校でプログラミングや道徳、英語が必修になります。教員に余裕がないところにさらに新しいものが追加されると、子どもたちにも影響が出てくるおそれがあります。そこで教員の働きやすい環境の整備を目指して、2018年11月から「EDUAI教員の働き方改革プロジェクト」をスタートさせました。
松田:東京学芸大学では、この4月に「教育AI研究プログラム」を有するまったく新しい大学院を立ち上げます。そのような中で、1つの取り組みとして、技術革新と教員の働き方改革の問題について関心を高く持っていたということがあります。教員が期待されている仕事には、子どもたちの人格形成、基礎・基本の学力をつけること、そして時代の変化に応じた個性的な力を身に付けることの3つがあります。しかし、近年、友人関係、保護者からの要望、いじめや不登校への対応など、人格形成の仕事の幅が広がり、量が増しているため、個性的な力を養うところまで手が回らないのが実情です。
小宮山:この分野は先行調査がいろいろ行われてきました。ただ、具体的な改善策の提案にまで至っていません。課題を解決するためには、現状を把握したうえで改善策を導き、実証する必要があります。そこで、研究学園都市として先進的な取り組みをしているつくば市さんにお声がけして、ご協力いただくことになりました。
五十嵐:教育環境を整えるのは私たち行政の役割です。では、望ましい教育環境とは何か。それは、教員が日々、子どもたち一人ひとりと丁寧に向き合っている状態です。逆に、教員がさまざまな業務に追われて消耗していたら、子どもたちにとって望ましい環境とは言えない。教員の働き方改革は、市として早急に取り組む課題です。
同時に、つくば市は科学のまちです。改革の具体策は政治家の思いつきであってはいけません。データを取り、仮説を検証して、エビデンスに基づきながら進めていく必要があります。その意味で、今回の共同研究の機会はとてもありがたいことです。
――つくば市の小学校に勤務する教員に、インタビューとアンケート調査を行ったそうですね。
小宮山:現場の声として大きかったのは2つです。まず教員数の不足。少子化で子どもは減っていますが、生徒の多様性が広がり、一人ひとりにかける時間は増えています。また、1人の生徒の後ろには親や祖父母といった保護者がいます。そのため、クラスを受け持つ教員は1人で100人ぐらいと向き合っている感覚になっていて、負担に感じています。
もう1つは、校務に関する事務作業の負担です。「教員はここまでやればいいというガイドラインがあると助かる」という声が多かったです。
五十嵐:私が市長に就任した直後に、教育長に就任した「社会力」の提唱者である門脇教育長も、長時間労働の要因に「児童生徒数40名で1学級」の基準があると考えています。1人の教員で担当する人数が多ければ、必然的に一人ひとりの子どもと向き合う時間は減り、逆に事務作業が増えてしまうので改善が必要です。
松田:インタビュー調査では、教員から「子どもたちのためにやらなければ」というフレーズがよく出てきました。例えば、慣例的なものになっていて過重負担になっている行事などがあっても、その年の子どもたちだけにその行事がないということはやはりよくない、といった場合です。どこまでやるべきかの判断は難しく、教員は「子どもたちのために」と言って、果てしなく仕事を抱えてしまいます。このフレーズが、ある種の「呪縛」の言葉になっている印象です。
ICTやAIの導入で変わる「教育現場」
――過重労働解消の武器として、ICTやAIの活用が叫ばれています。
五十嵐:つくば市は、校務支援システムを一部の学校で試験的に導入しています。従来、出欠管理1つとっても、毎日手書きでつけて定期的に書き写すという手間のかかることをやっていました。しかし、単純作業で自動化できるものはどんどんやったほうがいい。市役所では昨年、全国に先駆けてRPAを試験導入して、業務によっては8割の時間を削減できました。学校でも同じアプローチは可能でしょう。