蓄積された「現場の知見」をAI活用で自動化 「ベテラン×若手」が生んだイノベーション

ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小
目覚ましいスピードで進展するテクノロジーは、ビジネスだけではなく、人々の「働き方」そのものを変えようとしている。労働時間短縮や残業時間削減の先にある、働き方改革の本質とは何なのか。そして、そのような改革はどうすれば実現可能なのか。全3回にわたり、先進的な取り組みを行うリクルートグループの事例を基に、答えをひもといていく。第1回となる今回は、書店やコンビニエンスストアで販売する雑誌の配本業務にAIを導入し、現場の負担を軽減するとともに、実売部数をアップするというイノベーションを実現した、リクルートコミュニケーションズの中心メンバー2人に話を聞いた。

2016年の夏、リクルートコミュニケーションズで新たなプロジェクトが立ち上がろうとしていた。従来、担当従業員の手で行われていた「配本」の仕組みにAIを導入し、その有用性を検証することを決定したのだ。自動で、なおかつ高精度に配本できる「AI配本システム」の開発を目指した。

一般的に、出版業界では「取次」と呼ばれる中間流通業者が配本業務を担う中、同社は「1人でも多くの読者に届けたい」という思いから、独自のノウハウや配本モデルを構築し、取次と協働しながら配本を行ってきた。

長年、同社マーケティング局流通デザイン部で配本設計に携わり、現在は機能開発推進プロジェクトを兼任している隈本悟氏は、今回のプロジェクトについて次のように明かしてくれた。

隈本悟氏
リクルートコミュニケーションズ
マーケティング局流通デザイン部兼機能開発推進プロジェクト
※プロジェクト開始翌年の定年後も、嘱託として継続勤務している

「自社でも配本業務を行う中で、『店残理論』という独自の配本ロジックを2002年に構築しました。これは当時としては優れた理論だったのですが、出版販売額のピークは1997年で、現在、市場は約半分にまで縮小しました。17年経って市場環境が大きく変わると、さすがに実態と合わない部分が出てきました。どうせ手をつけるなら抜本的に見直そうと考え、AIで配本設計するシステムの開発プロジェクトを立ち上げました」

一部の改修ではなく、大がかりなシステム刷新に乗り出した背景には、隈本氏自身の次世代への思いがあったという。

「実は、プロジェクトが立ち上がった翌年に定年予定だったので、周りからは『ノウハウや知見を残してください』とせっつかれていました。マニュアル化して文書にしても、どうせ誰も読まずに形骸化してしまいます。このプロジェクトは、自分が配本業務で苦労したこと、知り得たことをきちんと仕組み化して残すための、絶好の機会になると考えました」

AI配本システムでも生きるベテランの知見

隈本氏からバトンを託された1人が、ICTソリューション局アドバンスドテクノロジー開発部の保坂桂佑氏だ。保坂氏は2016年に同社へ転職したデータサイエンティストだ。「先進的な取り組みをしたい」と希望を出したところ、AI配本システムの開発プロジェクトにアサインされた。

保坂氏は、自身に与えられたミッションについて次のように語る。

保坂桂佑氏
リクルートコミュニケーションズ
ICTソリューション局アドバンスドテクノロジー開発部マネジャー

「長年のデータ蓄積があり、前例のないプロジェクト。この膨大なデータから信頼に足る予測モデルをつくることが私の使命だとも感じました。例えば『配本は3冊だったが、売れたのは1冊』という売れ残りが起きたり、『配本は3冊だったが、すぐに売り切れ』という売り逃しのおそれがあったり……。売れ残った店の部数を売り逃した店の店頭に置けば、もっと実売を増やせたかもしれない。実売を増やすためには、1店舗ごとに需要を予測して各店舗に最適な部数を配分する必要があります。ただ、個店ごとの需要予測を人力でやるのは困難です。これまで使っていた『店残理論』とはまったく異なるロジックを模索し、結果、機械学習で需要を予測し、数理最適化により部数配分を行うゼロからのモデル構築を行うことになりました」

データサイエンティストの保坂氏にとって、出版流通は未知の世界。配本の仕組みを理解するため、最初の1~2カ月は隈本氏の下に通ってレクチャーを受けた。横で業務を繰り返し見ているうち、「完コピできていると言われるまでになった」(保坂氏)という。

基本を理解した後も、隈本氏とのやり取りは続いた。AIに生データを読み込ませるだけでも、データから学習して実売予測をまずまずの精度で行うことはできるのだが、現場の知見を説明変数として入れ込めば、さらに高精度な予測が可能になるという。

「市場全体のトレンドや、立地の違いによる実売の傾向、キャンペーンを行ったときの反応などを教えてもらいました。また、個店単位で需要予測ができても、それに合わせてどう配本すれば実売が最大化するかという全体最適の部分は、また別のロジックが必要になります。そこに関しては、『店残理論』の考え方がヒントになりました。最初はよく理解できなかったので、隈本さんには何度も教えを請いに行きました」(保坂氏)

次ページベテランと若手の"思い"がうまくかみ合った結果