リンダ・グラットン来日記念シンポジウム 人生100年時代の経営戦略
基調講演
「健康」は人生設計の最強ツール
東京大学の古井祐司氏は、最新の研究から、社員の健康は、体調不良で欠勤するアブセンティーイズム、出勤しても体調不良で生産性が低下するプレゼンティーイズムを通じて労働生産性に影響することが明らかで、健康リスクの高い人と低い人の労働生産性の差は年間100万円以上、従業員数100人の会社なら1億円規模の損失になるというデータや、「社員の体調不良が経営に影響を与えたと感じたことがある」と答えた経営者が約6割に達したアクサ生命の調査を示し、健康経営の重要性を強調。「健康への注目を、仕事の自主性、社内コミュニケーション向上につなげることで、健康経営は、社員と企業双方の成長を促す」と述べた。
健康経営の事例では、不規則な食事のために糖尿病予備群に相当する20代スタッフが多かった美容室が、昼休憩を確実に取るようにシフトを調整し、食事をきちんと取るようにしたことなどで、高血糖を改善。1カ月平均十数人の急な欠勤もほぼゼロになったケースを紹介。また、同業他社に比べて肥満率が高かった運送会社が、毎朝の点呼時に体重を測る「職場の動線」を使った取り組み事例のほか、体重・内臓脂肪の減少だけでなく、その努力も表彰する、従業員に寄り添った取り組みを進めたガス会社の事例などを紹介した。さらに、特定健診や保健指導など健康保険のデータヘルス・プログラムを活用した、継続的な取り組みを推奨。「健康経営・データヘルスで蓄積したノウハウを輸出できれば、世界にも貢献できる」と語った。
ディスカッション
【検証】人生100年時代
中小企業における「働き方改革」「健康経営」の未来
後半は東洋経済新報社、田北浩章常務の司会で健康経営の推進を議論。経済産業省の西川和見氏は、健康問題により、日本を含む先進国で7%前後のGDPが失われているというデータを示し「健康に投資すれば生産性が高まり、利益が上がる」と述べて、企業の活性化、企業価値向上にもつながる健康経営の意義に理解を求めた。また、健康経営が企業のリスクを下げることで、金利や公共事業受注で優遇されるなどのインセンティブが生じることや、健康経営を支援するヘルスケア関連ビジネスの市場拡大により、地方、国が元気になることに期待した。
中小企業として健康経営優良法人などに認定されている浅野製版所の新佐絵吏氏は、大手企業に倣った残業時間管理などの施策が社員の反発を受けた失敗に触れて「まず土壌づくりから始めるべき」と強調した。とくに、面談による社員の悩みのヒアリングや、部門間が連携して、問題を迅速に相談・解決する組織構築の大切さを説明。人手不足の中で「健全な会社にしてよい人に入社してもらおうとシンプルに考えている」と述べ、健康経営に専門性を求めてハードルを上げないよう助言した。
古井氏は、マルチステージ時代には、企業間の人の移動が激しくなるので「業種横断、地域横断の取り組みが大事」と強調。グラットン氏は、育児休暇を取得する男性が少ないことを例に「制度導入だけでは不十分で、それを使うよう従業員に促す企業の役割が重要」と指摘した。
クロージング
中小企業に対して健康経営の普及啓発に取り組むアクサ生命の幸本智彦氏は「健康経営などの変革の取り組みに柔軟かつ積極的に対応する動きが中小企業で広がりつつある」と述べ、その動きを加速させることが「一人ひとりの充実した人生、企業、地域、国の発展に不可欠だと確信できた」と結んだ。