ビール好きが今「岩手・遠野」に集う理由

ホップの一大産地、国産の「逆襲」なるか?

そして二つ目におつまみ野菜「遠野パドロン」の生産拡大と高収益化、三つ目にはビアツーリズムの推進を掲げている。前述のフレッシュホップフェストには観光ツアーで大勢の人が詰めかけ、遠野パドロンを使った加工食品も販売された。6次産業化も含め、三つの柱は着実に育ちつつある。

10月に数量限定で発売された「一番搾り とれたてホップ生ビール」。今年収穫されたばかりの生ホップを急速凍結して使用している

キリンはほかにも生産者や地元行政と協働してさまざまな支援を展開しており、今では遠野市民の意識も変化してきている。毎年行われるホップ収穫祭の参加者は4年前のスタート時約2500人だったが、今年は約7500人と3倍に。「ホップが市民の絆を深めるものになった」と、吉田氏も手応えを感じている。

肝心の新規就農はどうか。プロジェクト開始以降、遠野に移住してきた若手農家は12人に上る。「プレーヤーはまだ足りない」(浅井氏)というものの、かつては新規就農ゼロが続いていたことを考えれば、雲泥の差だ。

このようにキリンのサポートは実を結びつつある。しかし浅井氏は、「キリンが主語になっているうちはまだまだ」と気を引き締める。「『ビールの里構想』は、遠野市民が主役になってこそ成功する。報道からキリンの文字が消えることを目標に、今後も尽力していきます」(浅井氏)。

生きものの住みかになるホップ畑は環境にも寄与

生産者と行政、市民、そしてキリンの協働によって元気を取り戻しつつある遠野ホップ栽培。実は自然環境の保全にも役立っている。

キリンは2014年から、遠野のホップ畑が果たす里地里山としての機能について調査を進めてきた。具体的には、ホップ畑とその周辺に生息する生きものの状況を調査。その結果、昆虫類104種、鳥類19種を確認(15年調査)。しかも、手入れされていない耕作放棄地よりも、ホップ畑のほうが多様な生きものが棲んでいることがわかったのだ。

生きもの観察会に参加する小学生(右上)
オニヤンマのヤゴを見つけたり(右下)
エコスタックに住む昆虫を探した(左上)
エコスタックをつくる従業員(左下)

カギは、高さ5メートルまで成長するホップの蔓にある。ホップを風から守るため周囲に植えられた防風林と、農作業のために適度な高さに刈られた下草の組み合わせが、多様な生きものを育んでいる。

浅井氏は、キリンの具体的な取り組みについて「夏休みには、遠野市立土淵小学校の児童を招いて『遠野ホップ畑生きもの観察会』を開いています。班に分かれて、ホップ畑周辺で昆虫を捕まえる競争をしたりと、子どもたちに、ホップ畑が遠野の豊かな自然の一部であることを五感で感じてもらうのが目標です」と語る。

このほかにも同社は、昆虫の住みかになるエコスタックづくりなど、生きものを豊かにする活動を従業員が実践し、また「生きものハンドブック」を制作し遠野市のすべての小学校に配布するなど、遠野に根付いた活動を多々行っている。浅井氏も「遠野市とキリンの絆を維持する取り組みとして、今後も継続していきたいと考えています」(浅井氏)。

豊かなビール文化の醸成を目指して

地域創生と、自然環境の保護。キリンが遠野で行ってきた活動は、大きな社会的意義を持つ。注目したいのは、それがクラフトビール市場の拡大という経済的価値も創出している点だ。クラフトビール市場はこの5年間で約2倍に拡大。業界が期待を寄せる成長カテゴリーである。

今年春スタートした「タップ・マルシェ」。クラフトビールを気軽に楽しめる場として好評を得ており、導入店舗は4,000店を超える

同社も、クラフトビールカテゴリーには注力している。たとえば18年春から「タップ・マルシェ」を全国で展開。これは1台で4種類のクラフトビールを提供できるディスペンサーだが、なんと同社以外のブルワリーがつくるクラフトビールの提供も可能。企業の垣根を超え、業界全体で市場を盛り上げようとするキリンの“本気”がうかがえる。

ともすれば対立するものと考えられがちな社会的・経済的価値の双方を、相乗的に創出するべく尽力している同社。ホップ生産を中心に遠野が活気づくことでクラフトビールが消費者の関心を集め、ひいては「豊かなビール文化」の醸成につながる。これこそがキリンの狙いなのだ。

「ビール」文化は、これからどのように紡がれていくのだろうか。ここ遠野から始まる物語に、目が離せない。

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