ビール好きが今「岩手・遠野」に集う理由 ホップの一大産地、国産の「逆襲」なるか?

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岩手県遠野市は、ビールの原料となる「ホップ」の一大産地。近年は農家の高齢化・後継者不足により生産量が落ち込み、輸入ホップにおされているのも事実だ。ところが今、遠野で新規就農する若者たちが続々と現れ、地域コミュニティが活気づいているのだという。その陰には遠野市で50年以上もの間続く、キリンとホップ農家の絆があった。

岩手県・遠野にビールファンが集う理由

岩手県遠野市。取材に訪れた10月中旬もすでに空気は冷たく、周囲を取り囲む北上高地の山々は早くも紅葉で色づき始めている。上着が欲しいほどの寒さだが、遠野駅前の一角は、にぎわう人々でむしろ熱気に包まれていた。「フレッシュホップフェスト2018in遠野」が開催され、県内外から大勢のビール愛好家が駆けつけたからだ。

フレッシュホップフェストでは入れたてのクラフトビールを、おつまみとともに楽しめる。緑色が綺麗な遠野パドロンは素揚げで提供されたほか、遠野産ホップ入りソーセージなど、 ここならではのおつまみが目白押しだ(左)

ビールの香りや苦みのもとになるホップは通常、乾燥させた後に原料として使われる。しかしこのイベントで楽しめるのは、今年秋に収穫されたばかりで水分を含んだままの「遠野産フレッシュホップ」を使用したクラフトビール。東北各地と東京の11ブルワリーがつくった限定ビールを飲み比べられるとあって、来場者たちは終始ごきげんな表情で杯を重ねていた。

ここ遠野でフレッシュホップフェストが開かれたのには理由がある。世界のホップ栽培地は北緯・南緯それぞれ35~55度に分布しており、中でも寒暖差が大きい地域が栽培に適している。その条件を満たす遠野は、全国生産量の約6分の1を占める日本最大級のホップ産地なのだ。

ただし、遠野のホップ栽培はつねに順調だったわけではない。特に近年は生産者の高齢化・後継者不足で生産量が減少。1987年に229トンあった生産量が、2017年には44トンと約5分の1にまで減ってしまった。そのためクラフトビール人気で高まった国産ホップのニーズに対応しきれていないのが現状だ。

BEER EXPERIENCE 代表取締役社長
吉田 敦史
「フレッシュホップの瑞々しさが、ビールに奥ゆかしい味を生む」という

この状況に危機感を覚えて立ち上がった生産者がいる。BEER EXPERIENCE代表取締役の吉田敦史氏だ。もともと東京都内の広告代理店に勤務していたが、08年に新規就農を志して遠野にIターン。スペインでビールのつまみの定番になっている「パドロン」という野菜をきっかけに、15年からホップ栽培も手掛け始めた。

「私が遠野に来るまで10年以上、新規就農者は本当に少なかったです。人を呼び込むには地域活性が必要ですが、ホップとパドロンの一点突破では難しい。より多くの人を巻き込むため、“ビールの里構想”を掲げて会社を設立しました」(吉田氏)

遠野を「ビールの里」へ。50年の絆が支える構想

遠野を“ホップの里”から“ビールの里”へ――。吉田氏が目指すこの構想を、陰で支えているのがキリンだ。

同社と遠野市の歴史は長く、ホップ契約栽培を開始した1963年にさかのぼる。同社は国産ホップの約7割を購入しており、毎年期間限定で販売される人気商品「一番搾り とれたてホップ生ビール」にも遠野産ホップがふんだんに使用されている。同社にとって遠野は、事業戦略上重要な生産地なのだ。

遠野のホップ生産量が減っていることには、同社も問題意識を持っていた。10年以上前から遠野産ホップのPRや農作物の販路拡大をサポートしてきたが、本格化したのは東日本大震災後。キリンが支援する「東北復興・農業トレーニングセンタープロジェクト」で、CSV本部(当時)の浅井隆平氏と、遠野で就農していた吉田氏が出会ったことがきっかけだった。浅井氏は遠野の実態を聞き、「もう限界が近い」と危機感を強めたという。

キリン CSV戦略部 絆づくり推進室
BEER EXPERIENCE 取締役副社長
浅井 隆平
「ビールを飲むなら遠野へ行こう、と思われるのが理想」と語る

「遠野のホップ農家は家族経営が主体で、耕作面積も50~70アールとコンパクト。生産効率は高くなく、本音では『今の代で廃業したい』と考えている農家が多いと知りました。遠野のホップ生産が維持できなければ、良い商品もつくれなくなる。社を挙げて、遠野の地域活性化に貢献することが急務だと考えました」(浅井氏)

それらの課題の解決のために、2015年から「ホップの里からビールの里へ」を合言葉に、ホップの魅力を最大限に生かしたまちづくりが官民連携でスタートした。さらに18年2月には、キリンから1億5千万円の出資を受けるなどして新農業法人BEER EXPERIENCE株式会社を設立。現在吉田氏が社長を、浅井氏が副社長を務め、遠野の活性化を牽引している。

町おこし成功へ視界は良好
主語がキリンでなくなるまで

遠野市・民間・キリンが連携して取り組む「ビールの里構想」には三つの柱がある。一つ目は、遠野産ホップの生産拡大と高度化だ。まずは遊休農地を新規就農希望者に提供する施策を開始。新規就農のハードルが大幅に下がり、耕作地の減少も止まった。浅井氏はさらに先を見据え「生産効率を高めるために、分散していた耕作地の集約とともに、機械を導入して省力化も進めています」と語る。

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