ICTの活用で働き方が変われば、イノベーションを起こすチャンスにもなり得ます
―現在、ビジネスの現場で活用されている主なデジタルテクノロジーを教えてください。
鶴 代表的なものは3つあります。最もポピュラーなものがICT(情報通信技術)で、その代表がインターネットやE-mail、クラウドなど情報の共有・伝達を効率的に行う技術・サービスなどです。
2つ目は、オートメーションという言葉に象徴されるロボット技術。日本では工場などの生産現場で使われていましたが、今はRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)というバックオフィス業務を効率化する技術が注目されています。
3つ目はAI。デジタル化されたデータを機械学習した人工知能を活用する技術で、予測機能が主な役割です。RPAと同列に語られることもありますが、RPAは人が行う単純業務を代替する一方、AIは人が行う予測を代替する。少し意味合いが異なります。
―デジタルテクノロジーを使うメリットはどんなところにありますか?
鶴 最も大きなメリットは、生産性の向上です。今、日本の企業では「生産性」が課題になっています。長期雇用を前提とした日本型の雇用システムは、コミュニケーションや調整に時間がかかるうえ、時間を意識しない働き方が人事評価に反映されることも多く、それが長時間労働の温床になってきました。ようやくここにきて「働き方改革」が本気で議論されるようになりましたが、単に労働時間を短くするだけではアウトプットの減少になり、つまり企業力の衰退と従業員の賃金低下につながっていくだけで双方ともにハッピーにはなりません。そこで求められているのが、生産性をいかにして高めるかということです。
―生産性向上のためにどう活用すればよいのでしょうか?
鶴 そもそも前提として、生産性が明確に測れないという大きな問題がありました。そのことが生産性に対する意識の低さにもなっていた。そこでまず、企業も従業員もインプット(労働時間)とアウトプット(成果)を明確に把握する必要があります。
そこに活用できるのがICT。最も簡単な方法は、パソコンの電源のオン・オフで労働時間を把握すること。最近ではウエアラブルセンサーを使って従業員の行動やコミュニケーションを把握することも可能になっています。また、書類がすべて紙だった時代はアウトプットの把握が困難だったのですが、メールや資料をクラウドに置くなど業務のデジタル化により、誰もが情報にアクセスでき、情報共有もスムーズにできるようになりました。プロセスも成果も「見える化」するだけで人の意識は大きく変わります。さらに可視化することで無駄な業務の棚卸しも可能になりますから、仕事の仕方の見直しもできる。ICTは生産性向上に非常に効果的と言えるのです。
―欧米に比べて日本はICTの活用が遅れているといわれています。
鶴 それは単に欧米ほど必要に迫られていなかったからだと思います。個室型オフィスが主流の欧米に比べ、日本のオフィスは大部屋・固定型なので密なコミュニケーションが取りやすく、さらに長期雇用システムのおかげで「あうんの呼吸」で仕事ができる環境があり、人力だけでも情報共有やコミュニケーションがある程度できたのです。そのぶん長時間労働が当たり前の環境でしたが。そのため、ICTの活用が遅れたのは確かですが、長時間労働の抑制や生産性向上が迫られる中、積極的にICTを活用する企業も増えています。
最近、面白いと思ったのが、銀行で「QCサークル」という同じ職場内で品質管理活動を自発的に小グループで行う活動を指す言葉を使い出したことです。日本の生産現場における生産性の高さは世界に誇るものですが、その現場で使われてきた言葉が銀行でも出てきたということはまさに生産性に対する意識に大きな変化が起こっているということでしょう。
―ICTを活用するうえで注意点はありますか?
鶴 インプットもアウトプットもすべて可視化されるということは、プライバシーの問題にかかわってくることも考えられます。生産性とプライバシーの折り合いをどう考えていくのか。今後、議論されるべきことだと思います。ただICT活用の流れは変わりませんし、今まで以上に公私の切り分けが必要となってくるでしょう。ICTを導入しても、休みの日でも連絡できてしまう環境だと結局のところ長時間労働を助長してしまいます。休む時は休めるよう、企業側もその職場に合った環境を考え、公私の区分をはっきりつけることが可能なICT導入が重要と言えます。
―ICTは働き方、労働環境、企業すべてを変えていきそうです。
鶴 ICTの活用で大きく変わるのが、場所・時間を選ばずに仕事ができることです。すでに紙を廃止して情報伝達をすべてデジタル化している企業もありますが、そうすることで従業員はパソコンやスマホなどを持てば、好きな場所を選んで仕事をする「フリーアドレス」という働き方も可能になる。オフィス内だけでなく、カフェや自宅でも仕事ができるようになり、それはまさに政府が推進しているテレワークそのものです。これまで労働参加が難しかった育児・介護中の人も含めてICTでみんなが職場にいるような環境が作れれば、生産性も高まり多様な人材、優秀な人材を採用することもできるのです。
こうしたICTによる場所を問わない小まめなコミュニケーションを普段から行うことで、ときどき直接会ってコミュニケーションを図る会議のような場が今以上の価値を持つようになるでしょう。アイデアとアイデアがぶつかって化学反応を起こし、より創造的な仕事を生み出す可能性も高まります。ICTの活用で働き方が変われば、イノベーションを起こすチャンスにもなり得るのです。