余命宣告を受けた34歳女性が広げる「マーク」 「ヘルプマーク」を知っていますか?

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一見、健康そのものに見えても、めまいや過呼吸に襲われることが。昨年末には、白血球値の急激な低下に苦しんだ(写真:週刊女性PRIME)

「だから先生に、“すごい誕生日プレゼントですね……”と言った記憶がありますね」

そう語りながら、小崎さんがアハハと笑う。その横で、取材に駆けつけてくれた親友の長尾富美子さんが、そっと涙をぬぐう。ただならぬ状態にあるというのに、本人がいちばん明るい。長尾さんが言う。

「いつも本人より、私のほうが泣いているんです。検査以前から“体調がイマイチよくない”とか言うのは聞いていました。ですが、いきなり入院とは……。ちょうど、株式会社に改組して2年目のことで、誕生祝いを兼ねたパーティーの司会をやることになっていたんですが、結局パーティーはできませんでした」

なによりもつらかったのは両親への報告だったと小崎さん。

「“人前で泣くな!”と言って私を育てた母は、“あんたがそんな簡単に死ぬわけないわ!”と言いながら、グッとこらえていましたね。父は、伝えたとたん出て行って、コーヒーとシュークリームを買ってきてくれました」

強いショックを受けると人は、思いがけない行動に出るものらしい。そしてその行動には、しばしば真情が出る。

血液疾患病棟では、免疫の問題で外出ができない。父のそれは、大のスイーツ好きのわが子が甘味に飢えているだろうとの親心であり、娘への真情が行動となってあふれ出たものであった。

31歳目前での余命宣告は、小崎さんにその後の人生を考え直させる契機となった。MDSにも治療法とされているものがある。骨髄移植がそれである。

「骨髄移植がないと、完治の可能性がない病気なんですが、それでかならず治るかというと、そうでもない。治療中に亡くなることもあるし、再発や合併症になる人もいます。移植を待つ患者の間では、“20%の奇跡(生存率20%)”と言われているんです」

ヘルプマークとの出会いと現状

骨髄バンクへの登録をしたところ、マッチするドナーが見つかった。検査入院後の1年4カ月の自宅療養と入院で、波はあるものの、日常生活を送れる体調は保てていた。

20%の奇跡に賭けて骨髄移植を受けるべきか、ギリギリの段階まで今の生活を継続すべきか……。小崎さんは後者を選んだ。

「自分はどういう人生を過ごすんだろうと考えたんです。今は身体が動くので、そんな元気な状態で、死ぬかもしれない選択をするのは自分の人生にベストかな? と」

2015年7月に職場復帰。睡眠は1日3時間という発病前の仕事ぶりを、大きくチェンジさせていく。

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