独立行政法人 産業技術総合研究所 理事長
工学博士。1977年、東北大学大学院工学研究科博士課程修了後、ソニーに入社。99年に同社執行役員に就任、その後、同社の副社長COO、エレクトロニクスCEO、社長、副会長を経て、13年に独立行政法人産業技術総合研究所理事長に就任。
世界の閉塞感打破にはイノベーションが必要
― 民間企業から産業技術総合研究所(産総研)の理事長という立場に移られ、改めて今の日本に何が必要と感じていますか。
中鉢 産業を含めた社会経済が世界的に閉塞状況となり、日本のデフレをはじめ、深い停滞感が生まれています。経済学の側から規制緩和、市場原理導入による競争の促進が図られ、産業界もQCD(品質、コスト、納期)の向上に取り組んできました。
しかし、閉塞状況から脱することができずにいます。既存の枠の中で行う、競争推進や付加価値向上といった“改善”には限界があります。フィールドを変えてしまうような大きなインパクト、次元の異なるものを創造するためのイノベーションが必要です。
― イノベーションを求める声は以前からありますが、なかなか形になっていないのが実情です。
中鉢 ソニー創業者の井深大さんは「1・10・100の法則」を語っていました。アイデアを出す努力を1とすると、量産化には、その10倍の努力が必要で、利益の出る事業とするには、そのまた10倍の努力が必要、という意味です。今は、研究開発から製品化までの道のりは厳しいので「1・100・1万」くらいになっているかもしれません。それでも、未来を開くため、やり遂げなければならないのです。
社会に役立つ研究は「連携」がキーワード
― イノベーションに向けた研究開発は、どの方向に進むべきでしょうか。
中鉢 専門にこだわった従来の手法で答えが出ていないのですから、異分野の知恵を取り入れる方向に進むべきではないでしょうか。これからの研究開発は「連携」がキーワードになってくると思います。文理(文系と理系)、産官学、異業種、企業間など、さまざまな次元で連携を探る必要があります。たとえば、文系学生と理系学生の比率は大まかに2対1になっていることを考えると、社会のニーズも文理の比率は2対1程度ということになります。イノベーションを起こすのは理系の技術と思われがちですが、世の中の課題は技術的なものだけではありません。イノベーションを進めるには制度や規制の問題を解決して環境を整える必要もあります。産総研の憲章では「社会の中で、社会のために」というモットーを掲げていますが、社会と技術者がともに創造する姿勢、文理の連携は欠かせません。
― 産総研は産学官の連携にも力を入れていますね。
中鉢 つくばイノベーションアリーナでは、産総研と、物質・材料研究機構、筑波大学、高エネルギー加速器研究機構が、産業界と連携して、ナノテクノロジーなどの研究を推進しています。
たくましく、柔軟なイノベーション人材に
― イノベーションのために、何を意識したらいいのでしょうか。
中鉢 理工系人材が感じる喜びには、知る喜び、作る喜び、そして役に立つ喜びという3つの喜びがあると思います。知ったことを活かして、形あるものを作り、そして役に立たなければ、プロにはなれません。役に立たないものにはお客はお金を払わないからです。これは研究そのものにも当てはまります。「そのうち何かの役に立つだろう」と独りよがりな研究ではなく、プロであるためには、顧客とその満足度を意識すべきです。そうしなければ、社会の役に立ち、インパクトを与えるイノベーションも生まれないでしょう。
― どのような人材が求められますか。

中鉢 役に立つものを創造する人材となるには、変化をいとわない、たくましさが大切だと考えています。私自身は、資源工学、かつての鉱山工学で博士号を取って、エレクトロニクスのソニーに入社しました。石炭の掘り方を知っていても、ソニーでは何の役にも立ちません。だから、専門にはこだわらずに仕事をしてきました。イノベーションは、専門分野の研究者が集まっただけでは生まれません。イノベーションを起こす最後のパズルのピースは、専門にこだわらない柔軟性のある人、連携をつなぐ手の数を多く持ち、点と点を結びつける力のある人だと思います。
― そうした柔軟性のある理工系人材はどう育成するのでしょう。
中鉢 私の学生時代は、計算機は電卓ではなく、機械式の手回し計算機の時代でした。そんな不便な環境の中でも、何とか間に合わせるために方法を編み出す柔軟性、たくましさを育てられました。今は、機器も便利になりましたが、柔軟性やたくましさをもっと養ってもらいたいと思います。また、目的意識も大切でしょう。ソニー時代、入社後の研修で、新入社員の目の色が変わるのを目にしてきました。社会の役に立つものを作るプロになって生きるという心構えを身に付けると、人は変わるのです。更に、一芸は多芸に通じる。連携をつなぐ手の数を増やすには、広く学べばいいというものではないということです。専門を深く、一流の域まで究めた人ほど、異分野の人と話ができるものです。
― イノベーションを担う理工系人材への期待をお話しください。
中鉢 産総研の理事長に就任した時、所員に対して「科学技術イノベーションを担う産総研は今こそ出番です」と訴えました。イノベーションを興すには、文理融合を含めた連携は重要ですが、最初に突破口を開くのは、やはり理工系の技術です。理工系の大学の皆さんにも「今こそ理工系の出番です」とエールを送りたいと思います。