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人工光合成は“人類の夢”から
“必ず実現しなければならない課題”へ

  • 制作:東洋経済企画広告制作チーム
 科学技術の世界でも、競争が激しさを増している。その分野のトップランナーとなるため、国を挙げての研究体制が敷かれている国も多い。

 そんな中で、日本においても、基礎分野での研究における産官学連携が進められるようになった。首都大学東京の井上晴夫特任教授を中心とする人工光合成の研究もそうした分野の一つだ。人類の未来に向けて課題はどこまで解決されているのか。井上教授に話を伺った。

 

首都大学東京
人工光合成研究センター
センター長、特任教授
井上 晴夫

首都大学東京人工光合成研究センターの井上晴夫特任教授には二つの顔がある。

いま最もホットな研究領域である人工光合成のキープレーヤーとしての顔と、そして、オールジャパンで人工光合成の研究開発に取り組む「An Apple」(文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究「人工光合成」)のチームリーダーとしての顔だ。

そのどちらにも同じ志が見て取れる。人工光合成は〝必ず実現しなければならない課題〟であるということだ。

なぜ人工光合成は人類を救えるのか

今日のEUは1951年に設立された欧州石炭鉄鋼共同体を前身としている。戦争が絶えない欧州の歴史にピリオドを打つため、長く争いを繰り返してきたフランスとドイツが、戦争の継続に不可欠な石炭と鉄鋼を共同で手当てすることにしたのである。この事実は、戦火が、エネルギーや炭素源の確保を目的として切られることを端的に表している。もはや、人工光合成が〝必ず実現しなければならない課題〟となっている大きな理由の一つがこれだ。

「人類のエネルギー消費量を1とすれば、全化石資源量は300~400しかなく、石油に至ってはあと40年で枯渇するとされています」。井上教授は語る。「これに対して、地球表面への太陽光エネルギーの照射量は1万倍で、すべての地域に降り注いでいる。つなぎと目されていた原子力の利用が難しくなったいま、社会の持続のみならず世界の平和を保つためにも、人工光合成の利用を加速させる必要があるのです」。

人工光合成はなぜ人類を救えるのか……。植物は、水と二酸化炭素と光だけから、自らの生命維持に不可欠なグルコース類と酸素をつくる。無尽蔵の太陽光エネルギーを使って水から電子を奪い、その電子を二酸化炭素へ送り込んで化学エネルギーに変換。元の材料よりもエネルギー量の多い高エネルギー物質として貯蔵するのである。ここから人工光合成とは光、それも可視光と水から、高エネルギー物質を生成することと定義できる。研究者としての井上教授の活躍に期待が集まるのも、この人工光合成の定義に忠実な金属錯体によるプロセスを生み出したからだ。

可視光で水から電子を取り出す

人工光合成には大きく分けて植物の光合成を人工的に利用するもの、ホンダ―フジシマ効果で知られる半導体による水の光分解を発展させたもの、クロロフィルにヒントを得た金属錯体を用いるもの、の三つがある。いずれの方法でも日本は世界をリードしている。井上教授たちの研究は3番目の金属錯体を用いる方法だ。「これまでの金属錯体を用いた人工光合成の研究には、まだ解決しきれていない問題が多くあります」。井上教授は続ける。「中でも最も大きな問題が、水からどうやって電子を取り出すかなのです」。水はエネルギー的にも物質循環的にも理想的な電子の供給源だ。とはいえ、安定しているだけに簡単には電子を手放そうとしない。

「紫外線ならば問題は軽減しますが、紫外線は太陽光に数%しか含まれていません。太陽光エネルギーを有効に使いこなすためには、その大半を占める可視光を利用する必要があるのです」。

幾多のトライアルの末に1982年、米国で生み出されたのが、金属と非金属の原子の化合物である金属錯体を使って、水から四つの電子を取り出す方法。とはいえ、これも決定打とはならなかった。

「一つの電子を取り出すには一つの光子が必要です。つまり、四つの光子が要ります。ところが、光子というのはさながら雪のように、秒単位の間隔を空けて一つずつゆっくりと降りてくるため、次の光子を待っている間に、金属錯体の反応中枢が活性を維持できなくなってしまうのです」。

植物はいわば漏斗のような仕組みをいくつも備えており、光子を集めて反応中枢にまとめて送り込むことにより、光子束密度の小ささを克服している。人工のプロセスではこの漏斗がないため、ケミカルで電子を取り出さざるをえなかった。あくまで可視光で反応を進めるためにはどうすればよいか……。井上教授が発見したのが、1光子2電子酸化反応だった。

「一つの光子で、一度に二つの電子を取り出すのです。四つの光子が降ってくるのを待つ必要がないため、希薄な太陽光でも反応を維持できます。しかも、水から2電子を取ると、残った酸素が活性化され、エポキシ化合物などの有用な酸化生成物ができます。酸素が発生するよりも、このほうが有益であり、かつ無害なのです」。

かくて、光と水の、本物の人工光合成の可能性が見えてきたのである。

オールジャパンを牽引するビジョン

井上教授の研究室では、この革新を実用化につなげるため、どこにでもある元素を使った反応中枢のデザインをはじめとする研究に取り組んでいる。

併せて、前記のように、井上教授は「An Apple」(All Nippon Artificial Photosynthesis Project for Living Earth)の領域代表者であり、多重・多層の異分野連携によって、誰もが自由に登れる、人工光合成の頂きへの道を拓こうとしている。オールジャパンのチームリーダーとしての、井上教授のビジョンはどのようなものだろう。

「初登頂、一番乗りを目指してしのぎを削るぎりぎりの研究レースが、ブレークスルーを生み出してきたことは必ずしも否定はしません。しかし、『人工光合成の実現』はそういう次元で語られるスケールを超えた、人類の“グランドターゲット”なのです。しのぎを削る闘いよりも、他者の研究成果を尊重して、切磋琢磨する連携姿勢から新たな局面が開けてくる。一分野の成果に期待するよりもむしろ、多分野の革新が重なって初めて、目指すべき頂きへの道が見えてくるでしょう」。

日本の人工光合成の研究は間違いなく世界の先端を走っている。この様子ならば、トップランナーの座を明け渡すことはなさそうだ。