マーケティング力と顧客目線を備えた人財を 東洋大学
第10回は、1990年代に日本の銀行の不良債権問題の深刻さをいち早く指摘したことで知られる元金融アナリストとして知られ、現在は文化財修復を行う小西美術工藝社社長を務める一方で、観光政策を提言し、『新・観光立国論』などの著書もあるデービッド・アトキンソン氏を招き、元観光庁参事官で観光政策・行政が専門である東洋大学国際地域学部国際観光学科の矢ヶ崎紀子准教授と対談いただいた。

デービッド・アトキンソン
オックスフォード大学にて日本学を専攻。アンダーセン・コンサルティング、ソロモン・ブラザーズを経て1992年ゴールドマン・サックスのアナリストへ。日本の銀行の不良債権問題をいち早く指摘し、注目を集める。その後、同社マネージングディレクター、パートナーを経て2007年退社。2009年に小西美術工藝社に入社し、2011年から現職
矢ヶ崎 アトキンソンさんが著書『新・観光立国論』でデータに基づいて示された内容は、とても示唆に富み、観光学に関わる多くの教員、学生が関心を寄せています。その中で、昨年、訪日外国人旅行者数は2000万人に迫りましたが、正しい政策を行えば、2030年に8200万人を突破できると主張されています。これは、急速に成長するアジア市場で、高い目標を持ち、戦略を立てて行動すべきだ、という提言と受け取りました。
アトキンソン 2014年に年間訪日外国人旅行者数が1300万人を突破するなど急増を始めた時、日本国内では「日本は世界を魅了している」と言われました。しかし、それをフランスの8400万人超(2013年)と比べてみるとどうでしょう。著書では、根拠のない自画自賛ではなく、あくまでもデータに基づいた議論の枠組みと、設定する目標の実現可能性を示したかったのです。たとえば、中国人観光客の「爆買い」が注目されていますが、日本での中国人1人当たりの観光消費額は23万円で、米国で使う66万円に遠く及びません。アジアから日本に来る観光客は、ちょっと隣の町に行くような感覚で来日するため、旅行への期待値が低く、あまりお金を使わないのです。一方、欧州からの訪日観光客はわずか106万人。高い航空運賃をかけて訪日する欧州の観光客は旅行への期待値が高いはずなのに、日本はそうした顧客を引き付けることができていません。少子化による人口減で市場が縮小する今後の日本は、マーケティングを活用したデータに基づいて顧客満足度を高め、リピーターを増やすとともに、もっと顧客単価を上げる努力をする必要があります。

矢ヶ崎紀子
九州大学大学院 法学府政治学専攻修了。修士(法学)。都市銀行、シンクタンクを経て官民の人事交流制度によって観光庁で勤務した経験も持つ。2014年から現職。研究分野は観光政策と観光産業。国土交通省、観光庁の委員を歴任
矢ヶ崎 日本の観光地は、これまで旅行会社に送客を依存してきた部分が大きいので、外国人旅行者に自分の地域に来てもらうために、どんなマーケティングをすべきかを十分に理解していないところがあると思います。訪日外客誘致においてマーケティング力を磨き、さらに、その力を停滞している国内旅行市場の活性化にも活用していくことが期待されます。
アトキンソン マーケティングはいわば日本産業全体の弱点だと思います。「観光はおもてなしだ」という議論をよく耳にしますが、ホスピタリティと観光に訪れる動機との間に相関関係を示すデータは見当たりません。データに基づく議論も、そのベースになるデータ収集も不十分です。また、観光政策を検討する際に、欧米人、外国人といった安易なくくりの議論に流れがちなところにも、多様性を踏まえたマーケティング視点の欠落を感じます。
矢ヶ崎 一方で、海外の観光行政担当者は、マーケティングを理解している点で、日本との違いがありますね。