第9回は、IT業界の変遷とともにキャリアを歩んできた、前グーグル日本法人名誉会長の村上憲郎氏と、2017年度に東洋大学で情報連携学部※の設置を構想する坂村健氏が対談。ITの世界に求められるスキルや、「連携」の重要性などについて語り合った。
前グーグル日本法人名誉会長
京都大学工学部卒業後、日立電子入社。その後、日本DEC、同社米国本社勤務、米インフォミックス副社長兼日本法人社長、ノーザンテレコムジャパン社長、ドーセントジャパン社長など歴任。その中でミニコンやAIの開発、営業、マネジメントに携わる。2003年グーグル米国本社副社長兼日本法人代表取締役社長。2009~10年まで名誉会長を務める
坂村 村上さんは、どういった経緯でIT業界に進まれたのですか。
村上 大学の頃に見た映画『2001年宇宙の旅』に登場する人工知能型コンピュータ「HAL9000」に触発されて、独学でプログラミング言語を少しかじっていました。大学でプログラミングを学んでいたわけではないのですが、それが縁で日立電子に入社して、ミニコンピュータ「HITAC10」を使って、いまで言うシステムエンジニアのような仕事をしていたのです。まだ、コンピュータに手触り感があった時代でした。コンピュータ上で行う計算を高速化するためのアルゴリズムや、外部のアナログな機器を動作させる機械語をアセンブリ言語で書いたりもしていましたね。
坂村 機械語プログラムを人間が理解しやすいように記述するアセンブリ言語を扱えるのは、いまではハードウエアに近い領域の人に限られます。村上さんは、プログラミングを学生時代の独学やキャリアの初期段階で学んだことが、その後の大きな力になったのではないでしょうか。こうしたコンピュータの基本原理に近い部分を理解していれば、イノベーションにつながる新しい発想が生まれやすくなると考えています。本当はもっと早い年齢から学ぶのが望ましいのですが、大学においてもきちんとプログラミングを教えるべきです。
村上 ICT教育というと、タブレット端末を配ってICTを活用しようという教育が検討されていますが、私も、基本となるコンピュータプログラミングそのものを教えることが大切だと思います。
坂村 その後は、どうされたのですか。
村上 日立電子がミニコンから撤退することになり、ミニコンで世界トップクラスだったデジタルイクイップメント社(DEC)に移りました。米国の会社なのですが、当時の私は英会話講座のカセットを聞いても、中学1年生レベルさえ聞き取れないほど、英語はまったくできませんでした。それで、勉強法を試行錯誤して、まずスピードの速い英語を聞いて耳を鍛えてから、本来のレベルのレッスンに戻るというやり方で、1日3時間、3年間にわたって毎日勉強しました。その時の教訓を踏まえて、世界で活躍したいなら、英語「を」勉強するだけではなく、早いうちから英語「で」学べる環境をつくるべきだと訴えています。
坂村健
専攻はコンピュータ・アーキテクチャー(電脳建築学)。1984年からTRONプロジェクトのリーダーとして、まったく新しい概念によるコンピュータ体系を構築し世界の注目を集める。現在、TRONはユビキタスコンピューティング環境を実現する世界で最も使われている組み込みOSとなっている
坂村 国内市場が縮小する日本は、国外に出ることがどんどん重要になるでしょう。東洋大学に2017年に新設予定の情報連携学部※では、1年次にコミュニケーションのツールとして、プログラミングとともに英語力を徹底して鍛えたいと考えています。学部内には、情報連携エンジニアリング、情報連携デザイン、情報連携ビジネス、情報連携シビルシステムの4コースを設け、2年次で専門分野を学び、3年次以降は、他分野の人とコミュニケーションをとって「連携」を経験してもらいます。
村上 コース設計を見ると、ビジネスコースは会計学・経営学と、データサイエンスの文理両面を学べるようになっていますね。私も、理系学生こそが、社会の基礎をしっかり学ぶべきだと考えています。シビルシステムも、これからの時代に必要なスマート・コミュニティの実現につながるでしょう。いまのIT産業は、IoT(モノのインターネット)、ビッグデータ、AI(人工知能)の3つがキーワードです。インターネットで生まれたビッグデータを分散処理して解析を高速化する技術に加え、これまでデータ解析で使われてこなかった非構造データの解析はAIによって発展しました。そして、これから本格的に始まろうとしているIoTは、さらに大量のビッグデータを生み出す……という具合にITの技術は互いに連携しあっています。新学部の名称を単なる「情報」ではなく、「情報連携」としたところは、さすがだと思います。
坂村 今の時代に、文系・理系を分けることはあまり意味がなく、新設予定の情報連携学部※も文理融合を志向します。自分ができることも、できないから他人にお願いすることも、ともに本質を理解して他分野と連携することを抜きにしては、何もできません。たとえば、経営者になるにも、デザインを理解している方がいいし、技術者でもビジネスを理解している方がいい。
村上 実際、現ヤフーCEOのマリッサ・メイヤーは、グーグルではユーザー・インターフェース、ユーザー・エクスペリエンス担当副社長として、デザインにも大きな権限を持っていました。また、最近のトピックとしては、ついに量子コンピュータが登場し、NASAとグーグルはクオンタム(量子)AIラボを設立しました。この量子コンピュータは、カナダのD-Wave Systems社製ですが、実は東工大の西森秀稔教授の理論が使われています。日本のコンピュータサイエンスは高いレベルにあり、オールジャパンでは何かできそうなのに、バラバラに動いている感じがするのは残念です。

坂村 日本は、企業グループ内などにとどまった閉鎖的な連携は得意ですが、世界の潮流である、ネット社会化によるオープンな連携の面では、社会自体にそういうことを嫌う傾向があり、遅れをとっています。たとえば、インターネットの選挙活動利用では、米国ではインターネットが普及した1990年代に始まっていたのに対し、日本は公職選挙法改正で解禁された2013年にようやく始まりました。新学部では、こうした状況を踏まえ、オープンな連携力を身に付け、イノベーションを起こせる人材を輩出していきたいと考えています。イノベーションを起こすための法則はなく、とにかく挑戦してみるしかありません。そこで、海外からも実績のある人を呼んでディスカッションしながら、先人の事例、チャレンジの仕方などを伺い、実際にやってみることの大切さを学んでもらえるカリキュラムを検討しています。
村上 今は学生でも、プロトタイプをインターネットを通じて公開し、世間の反応を見ながら、ビジネスの可能性を探ることが可能です。とにかくやってみて、実世界ともみ合っていく……。そうした時代には、オープンな連携が重要なカギになります。多様な学びの内容を備えた環境で、多様な考えの人たちが連携することで、生まれてくるものに期待しています。
※2017年度開設予定(設置構想中)。学部・学科名は仮称であり、計画内容は変更になる可能性があります。