学校ではなぜ「不合理」がまかり通るのか 「柔道事故」と「沖縄基地問題」の意外な共通点

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「学校の中では、目的に照らして必ずしも合理的でないものが、非常に安易に導入されるんだな」ということを、このとき思いましたね。

内田:その「合理的」というのを、もう少し詳しく言うと?

木村:それをやる目的に合っている、ということです。つまり「礼儀正しさを身に付ける」ことが目的であれば、武道なんかやらせなくたって、例えば囲碁や将棋で十分なわけですよ。

内田:そこにもっていく!(笑)(注:木村氏は将棋マニア)

「みんな一緒」の強制は、一部の人にダメージ大

木村草太(きむら・そうた) ●1980年神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業、同助手を経て、現在、首都大学東京法学系准教授。専攻は憲法学。著書に『平等なき平等条項論』(東京大学出版会)、『憲法の急所』(羽鳥書店)、『キヨミズ准教授の法学入門』(星海社新書)、『憲法の創造力』(NHK出版新書)、『未完の憲法』(奥平康弘との共著、潮出版社)、『憲法学再入門』(西村裕一との共著、有斐閣)、『テレビが伝えない憲法の話』(PHP新書)、『憲法の条件』(大澤真幸との共著、NHK出版新書)などがある

木村:「武道の必修化」には、憲法学者として別の側面からも関心がありました。20年ほど前、高等専門学校に通うエホバの証人の学生が剣道の授業を拒否して体育の単位が取れず、退学させられたという事件(剣道実技拒否事件)があったんです。

学生の側が退学処分の取り消しを求めて訴えた裁判では、エホバの証人の生徒を公立の学校から排除するためにわざわざ剣道を必修化した可能性も否定できないと指摘されています。エホバの証人って「武器をもってはいけない」という決まりがあるので、特に剣道はダメなんですよね。

そんなふうに、学校で何かを導入するときというのは、「普通の人にとってはたいしたことじゃないんだけど、ごく一部の人に、非常に大きなダメージがいく」ということがあるわけです。学校っていうのは、まさに「一般性」があって、そこで採用されたことを全員に強要するものなので、そういう問題が起こりやすいんですね。

内田:ちなみに、木村さんはどういった経緯で、そういう問題に興味をもたれたんですか?

木村:私の場合、最初の研究テーマが「差別されない権利」というものだったんです。そのときは、非嫡出子とかアメリカの黒人差別などに関する研究をしていたんですけれども。

学校の中では、結構、差別ってあると思うんです。でも、わかりやすい差別ではない。むしろ問題が認知されないとか、軽視されるような類の差別が非常に多いんです。

内田:それはたとえば、どういう?

木村:人前で歌うのが極端に苦手な人や、運動に極端に自信がない人にとっては、合唱祭や体育祭は、学校を休もうかと真剣に悩むほど辛い行事だと思います。でも、「みんなやってるんだから」という論理で無視されてしまう。ごく一部の人にとっては、ものすごいダメージを与えているということが、視野に入ってこないというか。

差別には段階があると言われています。まず、みんながそこに差別があるということに気付いている段階。たとえばアメリカの黒人差別がそうです。黒人の人たちが社会的にどういう立場に置かれているか、みんな知っているんだけれども、蔑視感情や敵対感情から差別が生じるものです。

もうひとつが、そこで差別されている人がいること自体が視野に入ってこない、という段階です。たとえば沖縄の基地の問題。一部の人にだけ負担を押し付けているんだけれども、みんなそこに不正義や差別があるとは認識していません。そこに差別があるということ自体が隠蔽されてしまっているのだと思うのです。

学校のリスクにさらされている子どもたちというのは、実は後者のタイプの差別を受けているんじゃないかと思うわけです。「みんながやっている」ということで、ときには命の価値すら見落とされてしまう。
内田さんの研究はまさに、「そういった差別をしないで学校を見る」というものだと思うんです。

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