ビヨンドMBAの可能性秘める日本の「100年企業」 元中小企業庁長官が語る「温故知新」経営の強み

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――創業家だから温故が生まれるわけでは必ずしもないと。すると温故はどこから沸くのでしょう。

「企業は社会の公器」だと言った渋沢栄一(1840~1931)が与えた影響も大きいと思うが、私は、江戸時代の思想家、石田梅岩(1685~1744)が果たした役割に注目している。石田は陽明学と浄土真宗の教えを合体させるという画期的なことをやった。

前田泰宏(まえだ・やすひろ)1964年生まれ。東京大学法学部を卒業して通商産業省(現経済産業省)入省。ものづくり、自動車、素形材、サービス、コンテンツ等を担当。東日本大震災を契機に企業や人間の生命力に関心を持ち、「100年経営の会」の設立に尽力。2019年に中小企業庁長官に就任。2022年に経産省退官。企業十数社の顧問を務める。

利益や私益を悪く捉える武士道の朱子学とは違い、陽明学は利益を認める。悪人正機説の浄土真宗は欲深い人間こそ救われるという教え。陽明学と浄土真宗の合体は、すなわち利益と欲の合体を意味した。

利益と欲を合わせて肯定する教えを『日本永代蔵』や『世間胸算用』といった小説で世に広めたのが井原西鶴だ。それを読んだ庶民が「商いは良いことなんだ」と認識するようになった。広まった背景には当時の識字率の高さもあった。江戸の識字率は武士がほぼ100%。成人男子は45~55%、成人女子も19%~24%ほどあった。当時の世界では最高ランクのリテラシーだろう。

商人たちの覚醒を武士らは面白く思わなかったが、農本主義によって疲弊していた藩の財政を支えたのは商業を活性化させた商人たちだった。石田思想を通して知的レベルを上げた庶民、商人たちが藩の財政をも救った。藩財政を救ったことで商人たちの社会的ステータスは格段に上がった。

利益や欲を持ちつつも公に尽くす商人道をゆく者たちが明治維新後、次々に事業を興し、100年企業の礎を築いていくことになる。

欧米の認識より先を走っていた

――商人道の萌芽は江戸時代にあったのですね。

江戸時代に形成された商人道を体現する一例が近江商人の「三方良し」だ。①自らを律しつつ環境と共生する。社員を守り、生かす堅実経営の理念を遵守する(売り手よし)。②顧客第一主義を貫く(買い手よし)。③地域社会や国に貢献する(世間よし)。

他方で、ドイツの著名な政治・経済学者マックス・ウェーバー(1864~1920)は何と言ったか。代表作『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の中で、ウェーバーはこう述べている。「アジア人(日本人含む)の資本主義は拝金主義で、キリスト教社会における倫理観はない。神(一神教)の監視がない儒教社会では資本主義は発達しない」と。

果たして日本の商人道は拝金主義だったか。資本主義は発達しなかったのか。前述のように、江戸の商人道はマックス・ウェーバーが生まれる100年以上も前に形成されている。

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