ビヨンドMBAの可能性秘める日本の「100年企業」 元中小企業庁長官が語る「温故知新」経営の強み

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――100年企業に限らず、温故知新を実践している企業はありますか。

長野県伊那市に伊那食品工業(1958年創業)という寒天を製造してきた会社がある。

同社には「右折禁止」のルールがある。車で来社した人が右折して敷地内に入ろうとすれば、前方から来た車や、後続の車列を一時的に止めてしまう。朝の通勤時間にこの現象が何度も起きれば地域社会に多大な迷惑が及ぶ。だから通勤時間に車で来た人は敷地をぐるっと回って左折して入る。このルールを徹底している。

それで従業員が嫌な顔をしているかというと、そうではない。創業者(現在の最高顧問)が掲げてきた理念は「リストラなしの年輪経営」。どんなに苦しくてもリストラや給与カットはしない方針を貫いてきた。理念が徹底しているから創業者と従業員の信頼関係は厚い。従業員たち毎朝、社内や観光客が入るスペースを自主的に掃除している。

理想論を唱えているようで、伊那食品工業は創業以来48年連続で増収増益を達成した。近年はコロナ過で増減があるものの、ゆっくりと着実に成長している。

伊那食品工業のような温故が備わった企業は、不況や自然災害などの危機に強い。温故は持ち堪える胆力になるからだ。いかに経営能力が高くても、胆力があるとは限らない。100年企業には温故(胆力)と知新(能力)の両方が備わっているというのが私の見立てだ。

伊那食品工業の経営理念を学びたいと、同社にはトヨタ自動車をはじめとする大企業の経営幹部らが毎年訪れている。

血統主義にはあらず

――老舗企業には同族経営、ファミリー企業が多いという印象があります。

そう捉える人が多いが、正しくない。 100年企業の中には、ガバナンス上の問題で創業家の人間を追放した会社だってある。

ファミリー企業には2型ある。1つは創業家の血統を維持するファミリー。欧州の老舗企業は血統主義を優先する。

日本の老舗企業にもファミリー企業はあるが、血統主義を優先させない。養子縁組を中心とした疑似ファミリーや、番頭を社長に据えた血の薄いラージファミリー、スライドファミリーと呼ばれる型が多く、優先されるのは血統よりコーポレートだ。

世界最古のホテルである西山温泉慶雲館(山梨県)。慶雲2(705)年に藤原鎌足の長子の藤原真人が源泉を発見、開湯したとされ、武田信玄や徳川家康も入湯したと伝えられる高級旅館だが、業績不振のため2017年に運営会社を分割した。この時、創業家以外の社員が第53代社長に就任している。ガバナンスやコーポレートが優先された結果だ。

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